人間はコミュニティごとに違う顔を持っている。
よく「オモテとウラの顔」という表現を聞くけれど、オモテとウラの二面しかない人はよっぽどわかりやすい。少ない人でも、四面くらいはあるんじゃないだろうか?
山小屋にいるときの私と、夫といるときの私。地元の友達といるときの私に、ライターとしての私。
意図的に顔を使い分けているという感覚はないけど、たぶん、どれも微妙に違う。
同じように、山小屋で毎日一緒にいる仲間だって、山小屋では見せない顔があるのだろう。
私が見ている面がその人のすべてではないのだ。
山小屋は意外と踏み込んだ話をしない?
山小屋は寝食を共にするので、スタッフ同士が仲良くなりやすい。
だけど、意外とお互いのことをよく知らなかったりする。
たとえば、何かの拍子に通信制高校だったことを口にすると、長い付き合いのスタッフから「そうなんだ!」と驚かれたりする。隠しているわけではないので、それまでたまたま話題に出なかったのだろう。
そういえば私も、出会う前のみんなのことはほとんど知らない。
何年も一緒に働いているスタッフがバツイチと知って驚くと、「えっ、サキちゃん知らなかったの!?」と逆に驚かれた……なんてこともあった。
こんなに一緒にいて、たくさん話してるのになぁ。
じゃあ普段どんな話をしているかというと、「今日こんなことがあった」とか、他愛もない話だ。冗談を言ってふざけ合ったり、モノマネをしたり。
山小屋は基本的に大人数でワイワイと過ごすから、プライベートに踏み込んだ話をする機会は意外と少ないのだ。
だから、たまに1対1や少人数でじっくり話す機会があると、「この人にこんな一面があったんだ!」とビックリすることがある。
大人数で過ごすときと、少人数で過ごすとき
どんなコミュニティにもひとりは、「あの人って自分の話しないよね」と言われがちな人がいる。
このエッセイにたびたび登場する芦田君はそのタイプだ。毎年必ずと言っていいほど、「芦田君って自分の話しないよね」という台詞を耳にする。
だけど、大人数でいるときにペラペラと自分の話をする人はそうそういない。
だから自分の話をしないのは芦田君に限ったことではないのに、なぜか、彼だけが秘密主義者かのように言われる。なんていうか、過剰に「謎多き人」として認識されているのだ。
実際の芦田君は、別に秘密主義というわけでもない。
「きょうだいいるの?」と聞けば「姉がいます」と答えてくれるし、名前の由来を聞けば「名づけの本から取ったそうです」と言っていた。
みんなが聞かないだけで、聞けばふつうに教えてくれるのだ。
だけど、他のスタッフと話していて、私が「芦田君、実家にチワワいるらしいよ」などと言うとみんな驚く。
「サキさん、芦田さんとそんな踏み込んだ話してるんですか!」などと言われることもある。
いやいやいや、そこまで踏み込んだ話でもないでしょう。芦田、どれだけ謎めいてるんだよ。
私が思うに、これは話すときの人数が関係していると思う。
大人数でいるときの芦田君は口数が少なく、聞き役になることが多い。一方、少人数でいるときはわりと喋る。
私と夫と芦田君は、業務の都合上3人で過ごすことが多かった。
だから、大人数でいるときの芦田君しか知らないスタッフよりは、彼のことを少しだけ知っていたのだと思う。
山小屋とメールのギャップに驚いたこと
「みんなでいるとき」と「1対1のとき」でギャップのある人、というのは少なからずいる。
はじめて山小屋で働いた年、短期スタッフにハルという19歳の男の子がいた。当時の私が23歳だったので、4歳年下だ。
ハルは女の子に間違われそうなほど線が細い子で、コミュ力が高いムードメーカー。「今までずっとクラスの人気者として生きてきたんだろうなぁ」と思わせる子で、山小屋でも、男女問わずみんなから可愛がられていた。
初めて会った日、ハルはあっけらかんとした口調で「オレ、ホームレスなんだ~」と言った。大学を休学中で、今は学生寮を出て友達の家を転々としていると言う。
……すごいなぁ。
そんな状況も笑い飛ばせるなんて、クヨクヨと落ち込みやすい私とは大違いだ。
8月のある日、ハルは契約期間満了で下山した。私は下山が秋だったので、ハルがいなくなったあとも山小屋で働いていた。
ハルが下山して数日後、東京に戻った彼からメールが来た。内容は忘れたけど、忘れるくらいだからたいした内容ではなかったのだろう。返信すると、翌日ハルからまた返信が来た。
そうして、1日1往復の文通のようなやりとりが始まった。
まだLINEがない時代、ガラケーでのEメール。休憩中や仕事終わり、部屋に戻ると携帯のランプが点滅している。どれどれとメールを読み、返信する。
最初は他愛もない話だったのが、だんだんと個人的な話をするようになり、そのうち悩みを打ち明けるようになった。
メールのやりとりをするうちに、私はハルの意外な一面を知った。
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