「実は、このAホークツインを多くの人に遊んでもらっているうちに、違和感を持った少年がいました。その少年は最初、ゲームのテンポが、他のUGOブランドのゲームとは違うと言っていました。その違和感の正体は、彼にも分かりませんでした。しかし彼は、その疑問を捨てず、なぜなのだろうかと自問し続けたのです。そして、他のUGOブランドのゲームを調べ、ステージ間の時間が長すぎることに気づきました」
コーギーが、スクリーンにステージ間の動画を流す。黒い画面が一定時間続いたあと、次のステージが始まる。赤瀬は身を乗り出していた。
「少年は、UGOブランドの他のゲーム、サブウェイシューターのステージ間に注目しました。そして、こう言ったのです。
サブウェイシューターは、一つのステージに複数のゴールがあるんだ。そのどこを選ぶかで、ゲームの展開が変わる。そして、そのときにメッセージが出る。真っ暗な画面に白いカタカナで、簡単なストーリーや台詞が入るんだ。その文字がテンポよく現れて、次のステージが始まる。ねえ、灰江田さん。Aホークツインのステージ間には、おそらくメッセージがあったんじゃないかな。サブウェイシューターと同じように」
「続きは僕が話します」
コーギーが手を挙げる。灰江田はコーギーに説明を譲る。
「僕はプログラムをたどり、ステージ間にどんな処理がおこなわれているのか確かめました。そこでは描画がおこなわれていました。真っ黒な画面に、様々なキャラクターが配置されていたのです。画面になにも出ていなかったので、見落としていました。先ほどの少年の話がなければ、そのままスルーしていたと思います。
ファミコンの描画処理では、金型となるパターンテーブルと、色の組み合わせのパレットテーブルを組み合わせて、キャラクターを表現します。これはちょうど、スタンプとインクの関係と同じです。同じ形のスタンプでも、インクの色を変えれば、違う色で押すことができます。ファミコンの描画処理は、このスタンプの多色版のようなものです。キャラクターの肌の色はこの色、帽子や服の色はこの色、そのように設定が可能です。この仕組みを使えば、異なるパレットテーブルを設定することで、同じパターンでも、まったく別の絵にすることができます。この色違いの画像の分かりやすい例は、スーパーマリオブラザーズのマリオとルイージです。色が違うだけで、形は同じです。
同じようなトリックが、Aホークツインのステージ間にもありました。ただしこちらは、色違いの表現ではなく、黒の背景色の上に、黒の文字を重ねたものです。そのため、なにも見えない真っ黒な画面が、ステージ間に数秒出現することになっていたんです。
僕はデータを書き換えて、黒ではなく白で文字を塗り潰しました。パレットの描画色を白色に変更したわけです。そして、ゲームを起動してステージ間を確認しました。すると、カタカナの白い文字が現れたのです」
コーギーは、保存していたスクリーンショットを、次々とスクリーンに映し出す。真っ黒い画面には、白い文字が描画されている。そこにはプレイヤーへのメッセージが表示されていた。
──ママホーク ト パパホーク キョウリョクシテ テキヲタオセ
──タマゴ ヲ トリカエシタラ カワイイ コドモ ガ ウマレテ パワーアップ
──ママホーク ト パパホーク ガ タスケアエバ トテモツヨイゾ
──ママ パパ コドモ カゾクミンナデ テキヲタオセ
赤と青のホークは夫婦だった。そして、卵は敵にさらわれた子供で、取り返すことで子機になる。彼らは夫婦で協力して敵と戦っていた。販売されたAホークツインにはなかった設定が、メッセージから明らかになる。
この時期、赤瀬は家庭で不和を抱えていた。妻からは疎まれ、自分ではその状況を解決できず、最終的に離婚にいたる道を歩んでいた。その最中、彼が作っていたのは、夫婦が手を取り合い、子供とともに戦うゲームだった。家族の絆をテーマにした作品だった。
子機、合体。そうした要素がなくなったために、整合性がつかなくなり捨てられたメッセージ。そこには家族の仲睦まじい姿が描かれていた。赤瀬裕吾が、あるいは得られたかもしれない未来が示されていた。
灰江田は、ポケットからボイスレコーダーを出して、音声を再生する。
「赤瀬くん、森下だ。Aホークツインの件は、俺が間違っていた。あのとき俺は、きみが伝えたかったことを封印してしまった。許して欲しい。……そして、君の家族にも」
森下の声が部屋に響く。赤瀬は両手を組んで眉間に当て、目を閉じる。
「赤瀬さんはこのゲームを、奥さんや子供に捧げたかったのではないですか。自分の言葉ではなく作品で伝えたかったのではないですか。奥さんがゲームを嫌っていたことは知っています。それでも自分の思いを込めて開発していた」
手で隠れているため、赤瀬の表情は見えない。灰江田は静枝に目をやる。赤瀬に対する怒りが消え、目に涙が浮かんでいた。赤瀬は自分を拒絶したわけではない。自分を愛していた。そして、そのことを伝えようとしていた。灰江田は一呼吸置き、言葉を続ける。
「かつて赤瀬さんは、雑誌のインタビューで語っていました。自分は、石を湖に投げているのだと。その石が波紋を作り、世界を覆って欲しいと。それは、自分の影響が子供たちにおよび、次の世代に伝わっていくことを期待した言葉だと思います。私はそうした影響を受けて、この業界に入りました。こちらの白野はまだ若いですが、古いゲームを遊び、この世界に飛び込みました。
赤瀬さんの思いは、現代の小学生の少年にも分かったのでしょう。なにか伝えようとしていることがある。これは本来の姿ではない。僕が、その答えを見つけてやる。
湖に生じた波紋は、消えることなく、まだ続いています。そしてまた、新たな石を投げ込む時期に来ているのではないでしょうか。古いものに価値がないということはありません。よいものは時代を経ても輝いている。そうしたゲームを、是非私たちに移植させてください。お願いします」
灰江田は、ゆっくりと頭を下げる。やれることはやった。灰江田は、自分のプレゼンは終わりだと赤瀬に告げた。
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