「ごめんね守くん。いろいろと迷惑をかけて」
三田村を自分の都合で振り回している。悪いことだとは思っている。
「心配しなくていいですよ。静枝さんが気の済むようにしてください。お父さんのこと、ずっと気になっていたんですよね」
静枝は無言でうなずいた。
母が蔑(さげす)んでいた赤瀬裕吾。自分の性格や趣味嗜好は、彼に似ていると信じて育ってきた。その赤瀬の傲慢な様子を見て、自身も三田村にそう思われているのではないかと疑った。いずれ三田村も、母のようになるのではないかと恐れた。
不安が顔に出たのだろう。三田村が心配そうに眉を動かす。三田村には、父と会ったときのことを話している。自分の考えはすべて気づかれているだろう。
「大丈夫ですよ」
三田村が穏やかな声で言う。静枝は、父という鏡を見るのが怖かった。三田村は、少し迷う表情を浮かべたあと、静枝の横に座り、抱き締めてきた。
「静枝さんは、お父さんとは違いますよ」
心の中の固いものが、ゆっくりと溶けていく気がした。三田村は立ち上がり、自分の席に戻って食事を再開する。静枝も、三田村が作ってくれた料理を口に運ぶ。よい人を選んだと思う。自分は幸せ者だと素直に言える。完璧な人間などいない。その上で、互いを支え合って生きていくことが幸福だと信じられるようになった。人は完全でなくてもよい。しかし、ときに欠けたものを修復しなければいけない。父の傲慢さは、過去に受けた心の傷が原因なのかもしれない。手負いの獣。矢が刺さり苦しんでいるのならば、誰かがその矢を抜いてやらなければならない。
「ありがとう、守くん」
「僕でよければ、いつでも」
三田村の声を聞くと魔法のように緊張が解ける。静枝は出された食事をすべて食べ、ごちそうさまと言った。
服を着替えて靴を履く。玄関に立ち、見送ってくれる三田村に顔を向ける。
「じゃあ、行ってくるわね」
「後片づけをしたあと僕も行きます。近くで喫茶店を探して、待機しておきます」
「うん」
静枝は、軽く抱擁したあと部屋を出て、朝日を浴びながら会場に向かった。
◇
カンファレンスから一ヶ月が経ち、十一月下旬になった。赤瀬がふたたびやって来て、完全なAホークツインであるか確認する日が訪れた。賞品は、Aホークツインの移植およびリメイク権。そして静枝の結婚式への出席。巨大な氷壁のような赤瀬の心を溶かし、その二つを認めさせられるかの戦いである。
会場は、赤瀬が泊まるホテル近くの貸し会議室になった。予算は山崎が捻出してくれた。そこに白鳳アミューズメントとレトロゲームファクトリーの関係者、そしてグリムギルドの人間が集まりプレゼンをする。
土曜日の午前十時に全員が集まった。部屋にはロの字になったテーブルと、それを囲む椅子がある。部屋の奥にはスクリーン、机の上にはプロジェクターが用意されており、ノートパソコンを繋いで、資料や映像を表示できるようになっていた。参加者は、赤瀬とその秘書、灰江田とコーギーと静枝と山崎、橘とその部下、合計八名である。
スクリーンの反対側には、赤瀬と秘書が座った。赤瀬の右手には灰江田たちが、左手には橘たちが着席する。その様子を見届けたあと赤瀬は立ち上がり、一同を前に宣言した。
「それでは一組ずつプレゼンをおこなってもらう。それらを見たあと、私が内容を判断する。まずは、どちらから始めるか決めてくれ」
「よし、先攻後攻を決めよう」
灰江田が言って立ち上がる。橘も腰を上げて、部下にコインを出させた。
「表か裏かで決めよう。当てた方が先だ」
橘は部下にコイントスをさせ、灰江田から決めろと言った。
「じゃあ、俺は表だ」
「なら、俺は裏だな」
部下が手の平をどける。コインは裏になっていた。先攻は橘、後攻は灰江田と決まる。まあ、どちらでも構わないがなと灰江田は思う。Aホークツインには、橘たちに知られていない秘密がある。それに森下の謝罪の音声という駄目押しもある。どう考えても、負ける要素は見当たらなかった。
橘がプロジェクターにノートパソコンを繋ぐ。そして、部屋の灯りを落として画面をスクリーンに大写しにした。
──現代に蘇るAホークツイン。最新環境における完全版。
プレゼン資料の表紙だ。橘は、赤瀬がゲームを作っていた頃の社会情勢やゲーム産業の位置づけ、その中におけるUGOブランドの価値を、各種グラフや表とともに簡潔に述べる。そして、Aホークツインを現代に蘇らせる意義を強調した。
「昨今、レトロゲームブームとも呼べる流行が、ユーザーたちのあいだで進行しています。音楽に懐メロがあるように、ゲームにもレトロゲームがある。当時を懐かしむという意味もあるのでしょうが、シンプルなルールやグラフィックスの商品が求められているという現状もあります。
その市場に、古くて新しいゲームを投入する。Aホークツインは、懐かしいゲームでありながら完全な形でリリースされなかった不幸なゲームでもあります。その完全版を現代の技術で蘇らせる。それが、私たちが手掛けるパーフェクト・Aホークツインのコンセプトです」
橘はノートパソコンを操作する。部屋に大きな音楽が鳴り響く。いつの間にか、橘の部下がブルートゥース接続のスピーカーを用意していた。そこから流れる現代風にアレンジしたオープニング曲。スクリーンには、デザインし直されたタイトル画面が出現する。
やられた、と灰江田は思う。
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