野蛮人の読書術

第1回】読書によって「現代を生き抜く術」を身につけろ!

「現代を生き抜く術」、それは読書である――。参議院議員、ビジネスマン、研究者など、さまざまな顔を持ちながら世界の第一線で戦ってきた田村耕太郎さん。「私は教養人ではない、野蛮人だ」と公言する田村さんだからこそ指南できる読書術とは? 新連載スタートです。(隔週更新予定)

 激動の時代である。これからの時代を「生き抜く術」を身につけているかどうかで、われわれ一人ひとりの命運は決まってくる。そしてこの「生き抜く術」を、最も低コストで手に入れる手法が読書だと私は思う。

 読書とは、遠い時空のかなたにある先人や同時代に生きる他人の「知」を、己のものにすることである。それは、自分の五感や知識を総動員して、自分のペースで能動的に行う総合認知作業である。さらに、読書は知を増やしてくれるだけでなく、考える力や感性も磨いてくれる。

 それだけいいことづくめの読書だが、作家や学者、評論家を除けば、読書を生活の中心に据えられるのはごく一部の人だけだ。私を含めた多くの人々にとって、読書に費やすことができる時間は限られている。その一方で、何を読むべきなのかわからなくなってしまうほど、巷には書籍があふれている。

 というわけで、この連載では忙しい現代人に最も効果的な読書技術を紹介しようと思う。

・これからの時代を生き抜くのに必要な知識には、どのようなものがあるか?
・知識以外に必要なものは何か? それは読書によって得られるのか?

 第1回目となる今回は、上記のあたりを中心に論を展開してみたい。

「教養=リベラルアーツ」という誤解

 冒頭に述べた「生き抜く術」、これが古代ギリシア時代から言われる「リベラルアーツ」だ。ビッグデータやクラウドなどに続いて、この1年ほどの間で日本でもにわかに耳にすることが増えた、カタカナ流行語の1つである。

 リベラルアーツはよく「教養」と訳されるが、教養とリベラルアーツは、実は似て非なるものである。

「教養」という言葉には、どこか高尚で、超然としすぎた響きがある。「あの人は、教養はあるが生活能力に欠ける」とか、「教養はあるのだが、困難な課題に対する判断力に欠ける」とか、「教養があるだけでは(あるいは、あるからこそ)時代に置いてきぼりになる」いう言い方が日本ではよくなされる。要するに、実社会を生きていくのにまったく役に立たないもの、という暗黙の前提があるのだ。

「リベラルアーツ」では、こういうことはありえない。アメリカの大企業経営者には、MBA取得者よりリベラルアーツ・カレッジで学んだ人のほうがずっと多い。リベラルアーツを身につけたからといって判断力がないとか、時代に乗り遅れるなどと言われることはありえないのだ。

 ちなみにこの言葉が日本に入ってきたのは明治時代。当時、啓蒙家の西周は「藝術」と訳した。当時のニュアンスはさておき、これも現代の「藝術」のニュアンスからすれば適切な訳とは言えない。古代ギリシア時代に成立したといわれるリベラルアーツとは、プラトン曰くの、「奴隷状態から抜け出した、哲人政治における理想のリーダーがそなえた素養」のことである。

 現代に奴隷制はない。しかし、この日本で最もポピュラーな職業である、金銭と引き換えに時間と自由を売りわたす会社員という生き方は、一種の組織への隷属状態と言えなくもない。

 これからの激動の時代も会社が一生養ってくれるというなら、その隷属状況も悪くないかもしれない。だが、残念ながらそうは問屋が卸さない。自分の時間や発想や行動の自由を売りわたしておきながら、いつ組織から放り出されるかわからないのだ。グローバル化とテクノロジーの進歩によって、いまある組織の盛衰のサイクルは短くなり、存立基盤ももろくなっていくからである。

 それなら、今のうちから、せめて隷属状態から抜け出し、自力でリーダーとなる準備をしておくべきではなかろうか?

 この連載の主旨はその一点にあるといっても過言ではない。

現代におけるリベラルアーツとは?

 われわれが使える時間は限られている一方で、巷には情報があふれている、と述べた。片っ端から乱読するのはハイリスク・ローリターンだと私は思う。肝心なのは、どんな知識をつける必要があるのか、そしてそのためには何から読み始めるのか、の2点である。アウトプットを想定して読まない乱読は、時間を食う割に、リターンが想定できないので、効率がとても悪い。乱読ほど危険なものはない。

 では、われわれはどんな知識を身につけるべきなのだろうか?

 そもそものリベラルアーツとは「自由7科」なるものからなっていた。文法学、論理学、修辞学、ならびに、幾何学、数論、天文学、音楽の7つの科目のことだ。前半の3科はコミュニケーションの技法であり、その実践である。そう、リベラルアーツの半分はコミュニケーション能力なのだ。残りの4科は科学・数学(西洋音楽は数学の1分野)である。

 では、現代版のリベラルアーツは何からなるべきか? 私は、以下にざっくり分けた6つの分野について、正しい知識を効率的に得ることが、現代版の「生き抜く技術」だと思う。

・先進課題(グローバル化・高齢化・気候変動・資源・農業・教育)
・先端科学・数学・哲学
・宗教・思想・文化・歴史
・経済・金融
・政治・外交・地域研究
・コミュニケーション能力

 まず、これからの時代に深刻化するであろう課題を今のうちに知っておくことが、何よりも重要である。

 次にその課題を解決するかもしれない先端科学について正確な知識を持っておきたい。科学に対する正確な知識がないために、原発事故時の放射能への過剰な恐れや、地震予知や再生医療への過度な期待が生まれてしまう。また、科学知識が足りないためにパニックに陥ったり、新興宗教やニセ科学を使った製品やサービスの餌食になったりしてしまう人もいる。科学や技術を理解するにあたり、数学の素養は欠かせない。科学も数学もすべてはギリシア哲学から始まった。私に言わせれば、科学・数学の基礎になっている哲学はこのくくりに入る。いわゆる思考のフレームワークである。

 グローバル化が進めば、街中や職場で多様な文化・宗教的背景を持った人々の交流がさかんになっていく。よりよい交流のためには、多様な文化や宗教や思想に対する正しい理解が欠かせない。その背景にある歴史にも通じていると、鬼に金棒だ。

 われわれの資産や所得の命運を決する経済や金融について、正しい知識を持っておくべきことには、議論の余地はないだろう。政治家やメディアが煽る政局論争に明け暮れているのは日本くらいだ。その背景にある選挙や議会や政党のあり方を正しく理解すれば、意味のない浅い議論に振り回されず、正しい政治や政策の課題を認識できる。

 これからの時代、ビジネスはますます国境を超える。だが、世界各地の正しい情勢を知らないと、継続してビジネスで成功するのは難しい。もっと言えば、これからの経済や金融市場は、経済や財政に左右されるというより、外交や安全保障の問題に影響を受けるだろう。外交や安全保障を考えるにはその地域の歴史、思想、宗教、文化等を知らねばならない。特に世界最大の成長センターであり、われわれが属するアジアはそうだろう。これからのビジネスマンは経営スキルや経済学だけでなく、外交安全保障、歴史、宗教、文化等にも一定の知識を持っておくべきだと考える。

 そもそものリベラルアーツがそうであるように、得た知識を書き、伝え、やりとりするコミュニケーション能力が、知識そのものに勝るとも劣らないくらい重要となる。本を読んでコミュニケーション能力をつけるというより、読書の「やり方」次第でコミュニケーション能力に差がつくと私は考える。

なぜ私(ごとき)が読書術を語るのか?

 これら6分野の知識が重要なことは先に述べたとおりだ。しかし、自分で挙げておいてなんだが、あらためて上記の項目を見直すと、怠け者の私は、正直ややげんなりしてしまう。日々の仕事の合間にこれらのジャンルの本を数多く読まなければならないのかと思うと、読む前からくたびれてしまう人は私だけではないだろう。

 安心してほしい。教養人には程遠い私のような「野蛮人」が読書術について連載を持つことになった所以がそこにある。多読が仕事であり、その才に長けた大知識人が説く読書術(そうした本は無数にある)よりは、みなさんにとって身近に感じられ、参考にしていただけるのではなかろうか? 私のような野蛮人でも実践できる、これからの時代を生き抜くための読書術こそが、忙しい時代を生きるみなさんのお役に立てるのではないだろうか?

 この連載では、怠け者の私が切羽つまって獲得した技法も含め、世界の様々な立場の忙しい人たちが活用している効率的な読書術をご紹介していく。もちろん、上記に挙げた分野の中でどんな本を読むべきか、私がキュレータとなって推薦図書もリストアップさせてもらう。

 肩ひじ張らず、できるだけ楽に、そして効率的に、これからの時代を生き抜く術をみなさんに手に入れてほしい。

 他の動物と違い、人間だけがこれほどの進化をとげられた理由は、アイデアを融合させる力にある。過去のアイデアの蓄積に、現代のアイデアを掛け合わせることで、さらに優れたものを生み出すことができる。これは、文字で知の蓄積を残せる人類だけがなせる業である。スティーブ・ジョブスもジョセフ・シュンペーターも述べているように、「つがう」ことこそがイノベーションなのだ。これこそが読書の醍醐味である。多くの人が読書によって、多様な知識を身につけ、それを融合させることで人類をよりよい方向に導いていけると思う。

 私が畏敬してやまない、D氏という85歳の投資家がいる。彼は、60年以上の投資で生み出した富を、なんと書庫に変えた。アメリカの平均的な大学図書館並みの大きさを誇る自宅の書庫で、朝から晩まで本を読みふけっている。D氏はこう語る。

「私はいかなる時代でも、本を読むことで未来を予測してきた。過去の延長に未来はないが、過去を知り過去の情報を結び付けることで、ほんの少しだけ未来が見える。コンピューターで難しい計算をするより、本を読むほうがずっと大きなリターンを私に与えてくれたんだ」

 皆さんがこの連載を読んで、これからの時代を生き抜く術を少しでも身につけ、それを実践していただければ、筆者としてこれ以上の幸せはない。

田村耕太郎が選ぶこの1冊

ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること
ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること

 著者は『クラウド化する世界』で有名なジャーナリスト、ニコラス・G・カー。原題は「浅瀬」を意味する"Shallows"である。著者の意図するところは、「ネット社会の利便性に適合していくわれわれは、思考の"深さ"を失いつつある」ということ。だからといって、著者は「ネット社会以前に戻れ」と言っているのではない。ネット社会がもたらしたわれわれの脳への影響を、科学的に解明しようとしているだけだ。その結論をどう受け止めるかは各人次第。

 教養あふれる著者は、ネット社会以前の自分とそれにどっぷりつかった自分を比較し、「昔は深い海の底へスキューバダイビングしていた自分が、今では海面をサーフィンしているようになった」と見事にたとえる。インターネット、そしてその上で展開される検索やソーシャルメディアは、われわれを注意散漫にし、深い思考と記憶力を奪ったと言う。全く同感だ。私もネットで必要な情報を検索し、フェイスブックやツイッターを活用し、ブログを書いているが、自分に集中力がなくなったことを痛感していた。それを補う意味でも紙の本をじっくり読むことを心掛けている。

 著者は本文の中で、「本を読むということは、単一の静止した対象に向かい、切れ目なく注意を持続させる行為。周囲で起こっている全てのことを無視する行為。この没入行為こそが注意散漫と戦うことだ」と言う。この名著は私に「ネット社会の今こそ読書の大切さを見直すべきでは?」と教えてくれた、と勝手に解釈している。

ケイクス

この連載について

野蛮人の読書術

田村耕太郎

「現代を生き抜く術」、それは読書である――。国会議員、ビジネスマン、研究者など、さまざまな顔を持ちながら世界の第一線で戦い続けてきた著者による、多忙(かつ怠惰)なビジネスパーソンのための読書術指南。(トップページ著者写真:疋田千里)

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コメント

pingpongdash 若干この人のことをまだ疑っているところがあるんだけど、すごくいい連載だと思った。 5ヶ月前 replyretweetfavorite

porpor35 「読書とは、遠い時空のかなたにある先人や同時代に生きる他人の「知」を、己のものにすることである。それは、自分の五感や知識を総動員して、自分のペースで能動的に行う総合認知作業である。」 約4年前 replyretweetfavorite

NaO_UrUsY ほほう、「私は教養人ではない、 4年以上前 replyretweetfavorite

inagakikenji @hiroumi_kawai 薄っぺらい、その通りですね。。。こんな記事がありました→https://t.co/8AUXJepqNT(後半は有料ですが、太字の項目を少し詳しく解説してるだけなので購読は不要) 4年以上前 replyretweetfavorite