高校時代、私は共学に通っていた。女子校に憧れていたが中学受験も高校受験もことごとく失敗し、さらに共学といっても、私が通っていた高校は男子と女子の比率が2:1という、女子校とは似ても似つかない環境だった。理想と現実のあまりのギャップに、私はなかなか高校生活になじめないでいた。
とにかく共学の高校に行ってショックを受けたのは、男子の野球部やラグビー部などにもれなく設けられる女子マネージャー制度だった。もちろん、女子マネが悪い!というのではない。マネージャーとしての仕事の奥深さみたいなことは言われなくても分かっている。でも、当時も、そして今も大半の女子マネに求められる仕事は、部室の掃除やらユニフォームの洗濯やら、その他様々なケアだ。
しかもただケアだけすれば、誰でもなれるわけではないのが、女子マネというもの。私の高校では入学式を終え新入生がぞろぞろと教室に向かうその道の両端を、無数の男先輩たちが挟むようにし、美人女子だけに狙いを定めるように「マネージャー求む!」のチラシを手渡していく、という、あからさまな美醜差別が公然と行われるという事態が発生したのだった。
晴れやかな入学式直後に行われる、少数派女子としての選別という共学ならではの洗礼。少なくとも私の高校では、「男の子ががんばる姿を応援したい〜!」と思う女の子がマネージャーになれるのではなく、「俺たちを応援するに相応しい女の子として選ばれる」のが女子マネだったのだ。
おおおおおおう!私は心の中で屈辱に泣いた。中学時代よりもより過酷な〝男女格差〞と〝女差別〞を入学式で目の当たりにした私は、この学校の生徒であることを自分の歴史上消したい......と心から思った。
とはいえ、である。もし私が「チラシを渡される側」だったら、いったいどう感じただろう?この状況を屈辱と受け止めただろうか。「これは女性差別だ!」と心の中で泣いただろうか。
優秀な女の子が女子マネになるとショック
ハナちゃんという、小中ずっと一緒の女の子がいた。ハナちゃんは、色が白く、一重の目がスッとして、銀縁めがねをかけていて、秀才で、何をやってもクラス一番の女の子で、どちらかというと男の子に敬遠されつつ一目置かれている、という女の子だった。小学校でも中学校でも学級委員に必ずなっていたし、生徒会の役員にもなっていたハナちゃん。
そのハナちゃんが、同じ高校にいた。そしてハナちゃんは、中学卒業から高校入学までの数週間のうちに、眼鏡をはずしコンタクトにし......、たったそれだけのことだったと思うが、もともと顔立ちがきれいだったハナちゃんは、輝くような美少女になったのだった。そして、入学式後の「マネージャー狩り」ロードを歩いた時、ハナちゃんの手にはあらゆる部活の勧誘のチラシが渡されていた。
ハナちゃんとは特別に仲が良かったわけではない。頭が良くて舌鋒鋭く、私にはちょっと怖い存在でもあった。生徒会の副委員長をやっていて、真面目だし、でもリーダーとしてすごく適切だし......、まぁなんだか完璧だったのだ。
だから私は本当にショックだったのである。あのハナちゃんが、あの、ハナちゃんが、あのあのあのハナちゃんが!なぜサッカー部のマネージャーになって、男どものユニフォームを洗っているのか!!!と。
もともと親しかったわけではないハナちゃんとは、高校時代にはほとんど言葉を交わさない関係になった。同じクラスにならなかったこともあるが、学校のアイドルと化し、サッカー部のマネージャーとしてイケメンの彼氏がすぐにできたハナちゃんの変貌に私が戸惑い続けたのだ。
「ハナちゃんて、めちゃくちゃキレイだよね!同じ中学校だったんでしょ?カレシいた?」みたいな話を私に振ってくるクラスメイトに、何と答えたらよいか分からなく、曖昧に、そうだね、きれいだね、と返す私には、小中学校時代のハナちゃんはいったいどこに行ったのだろう?という幼い疑問がつきまとった。
そして恐らくハナちゃんは、私がそんな風にハナちゃんを見ていることを察していたのではないか。廊下ですれ違っても彼女から私に声をかけることはほとんどなかった。
もしハナちゃんのように私が可愛くて、ハナちゃんのように男の子に受ける雰囲気があったら。私も嬉々としてマネージャーをやっただろうか。男に選ばれることを名誉に感じられただろうか。
そりゃ、選ばれないよりは、選ばれたほうが嬉しいかもしれないが、選ばれないゆえにこんなことを考えている状況そのものが、もう理不尽ではないか!と悶々としていた私が、闘いの言葉を求めるように、上野千鶴子さんを始めとする当時盛んだったフェミにずぶずぶとはまっていったのは、言うまでもない。ハナちゃんの変化についての私の戸惑いを言語化する必要と、そして、私がこの状況は理不尽だ(チラシがもらえないことではなく、チラシがもらえないことで考えさせられている状況)、と感じているこの思いを言語化する必要があったのだ。
もしハナちゃんが、マネージャーの依頼を鼻で笑うような女の子で、しかもその美貌をもって男たちを侍らし、学力にさらに磨きをかけ、得意なピアノを生かせる部活で活躍していたら......私はハナちゃんのことを、もう忘れていたかもしれない。ほとんど言葉を交わしていないのに、ハナちゃんのことを忘れられないのは、ハナちゃんがモテるようになったことがショックだったからではなく、ハナちゃんが、女子マネになったことへのショックゆえだろう。
そして今から思えば、その手のショックは、それ以降、次々と違う女友だちからもたらされていくものであり、さして珍しくなくなってしまうのだが、15歳の私にとっては、初めてのものだった。曰く、ものすごく優秀な女の子が、はなから野望など持たずに、男の子に選ばれるほうを、または大きな期待をされないポジションに進んで就こうとするショック、である。ハナちゃんショック、である。
「女は浪人できないよねぇ」
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