私が女友だちと一緒に働けなかった理由

独身、既婚、子持ち、子なし、お金持ち、貧乏、美人、不美人…。ちょっとの「違い」ゆえに、時々ぶつかる私たち。それでも、男には絶対に見出せないものが、女の友情にはあるーー。

「女友だち」の新しいカタチを描く北原みのりさんのエッセイ『メロスのようには走らない。〜女の友情論〜』を特別公開します。

 私は今、「ラブピースクラブ」という女性向けセックスグッズのお店と、「オリーブ」というエステティックサロンを経営している。スタッフは女性ばかり12人。なぜ女だけで仕事をしているのですか?と聞かれれば答えは一つ、とっても単純。なぜ私のつくった仕事をあえて男に回さなくてはいけないの?というのが私の言い分で、女には経済力と働く力をどんどんつけていってほしいと考えているから。

 それでも会社を始めた頃は一緒に働く女性はいなかった。1996年のことだ。そもそも初めはセックスグッズの仕事ではなく、当時親しかったフリーのクリエイターの男友だち数人と、インターネットHP制作の会社をつくったことをきっかけに、私はいきなり会社社長になったのだった。

 ベンチャーという言葉が流行っていた。若い女性(私)が代表だったことや、インターネットという新しいメディアに詳しい集団、ということで女性起業家の会などに呼ばれるようなこともあった。私自身も積極的に、「これからの日本経済は女性が支える」というような女性起業家の講演会に行ったり、異業種交流会に参加したりなど、女性の先輩起業家からいろいろと学ぼうとしていた。なぜなら私は20代で、あまりにも経験不足だったから。職業経験といえば数カ月間雑誌編集のアルバイトや、1、2年フリーのライターをしていた経験くらいで、組織のことなど何も知らなかった。

 ただ、女性起業家たちの話を求めながらも、なかなか「これだ!」と思えるような女性には出会えなかった。その頃、私が女性の先輩によく言われたのは「スーツを着なさい」「お化粧しなさい」と見た目のアドバイスや、「お酌をできるようになりなさい」などのマナーだった。

 今から思えば私には経営以前の社会常識が欠如していたのかもしれないけれど、そんな〝社会常識〞に、若い私は苛立っていた。いかに有力で幅広い人脈が重要か、みたいなことを力説する起業家たちの話を聞きながら、「女性起業家であっても、男性のほうを向いて仕事をしているんだな」ということばかりが目についてしまった。それならば、オジサン企業に入るのと、いったい何が違うのだろう?だったら、女性のために女性目線で女性だけで仕事をしたいよ!と少しずつ考えるようになった。

まさか断られるなんて

 あの時、私が喉から手が出るほど欲しかったのは、ロールモデルとしての女性ではなく、目の前にいてくれ、一緒に働いてくれる女友だちだった。

 そんな思いで中学時代の同級生のヨウコに声をかけた時、私は「断られる」とは考えていなかった。

 ちょうど私の卒業年度から、就職が厳しくなっていた。ヨウコが就職したのは小さな広告代理店で、スーパーのチラシをつくっている、という話をしていた。お給料も決していいとは思えなかった。その仕事への不満をヨウコは口にしたことはなかったが、私は勝手にヨウコにはもっと大きな仕事ができるはず!ヨウコはもっと面白い仕事をしたいはず!と考えていたのだ。が、ヨウコは私が「一緒に仕事しない?」と声をかけた時に、迷わずこう言って断ってきた。

 「私にも責任のある仕事がある。私にしかできない仕事があるのよ。簡単に辞められるわけないじゃない。それに、今の仕事は、すっごく楽しいの」

 その時のヨウコの表情は、とてもとても厳しかったことを覚えている。敏感なヨウコは察したのだと思う。「たいした仕事を任されていないでしょ?」と私がどこかで思っていることを。もちろん一言もそんなことは言っていないが、言外にそんな気持ちが溢れてしまっていたのだろう。

 またもう一人、大学時代の友人サミちゃんにもお願いした。一度入った会社を辞め、翻訳の仕事を目指して勉強中だった。サミちゃんにも「一緒に、働こうよ!新しいこと一緒にしようよ!」とお願いした。でもサミちゃんは言った。「みのりちゃんのお手伝いはしてもいいけど、責任のある立場で関わるのは、難しいな」

 責任のない仕事の何が面白いのかっ!!と私が驚愕するとサミちゃんは、「だって、責任取れないから。それにきちんと安定した収入は望めないでしょう?」とサラリと言うのだった。

 他の女友だちも、だいたいそんな反応だった。新しい会社で自分たちの好きな働き方を生み出していこうよ!という私の提案は、驚くほど届かなかった。一度得た仕事を手放したら、そこに戻るのは大変だということをヨウコはよく知っていたのだろうし、冒険して失敗するリスクよりも、地道に学び着実な仕事を得たいと考えるサミちゃんの考えは今から思えば非常にまともだ。

 結局、一緒に働いてくれる女友だちは見つからなかった。唯一私と働いてくれたのは、妹だった。妹は2歳年下で、結婚したばかりだった。大学卒業後はシステムエンジニアを目指して就職したが、「女性はまずはお茶くみから」という体質の会社で、暇な時は営業の男性のために裏紙でメモ用紙をつくらされ、あっさりと3カ月で辞めてきた。「給料は出るようになったらちょうだい、仕事はどんどんやらせて」と、私の会社に関わるようになってくれた。妹は姉のひいき目ではなく、驚くほど優秀だった。妹のおかげで会社は順調に成長していくことができたと断言できるほど、実務能力に長けていたのだ。

 会社が軌道に乗り始めた頃、ヨウコから連絡があった。結婚が決まり、仕事を辞めて彼の実家がある地方に引っ越すの、と言われた時、私はやっぱりどうしても聞かずにはいられなかった。

「ヨウコ、仕事はどうするの?」

 ヨウコは、私に「責任がある。簡単には辞められない」と言ったことを覚えていた。覚えていた上で、こう答えてくれた。

 「あの時は、まだ若かったんだと思う。今なら分かるんだよね。私の仕事は、代わりがきく仕事なんだよ。誰がやっても、同じだって」

 20代半ばから30代の間に、会社を辞めていった女友だちは多い。90年代後半だ。本格的に日本経済が悪化し、まずは女が切られ、働く人が「使い捨てられる」ようになっていった。「責任がある」と、力強く私に言っていたはずのヨウコは、その気持ちのまま働き続けることはできず、「代わりがきく人」として自ら仕事を手放した。「責任ある仕事はしたくない」と言ったサミちゃんは、今、フリーの翻訳家になり、組織に入らず、責任を一人背負って仕事を続けている。「仕事がしたい!」と就職した妹は会社に使ってもらえず、私と一緒に働き始めた。

 ああ、もしかしたらこの社会は、女がフツーに働き続けるのが、とても難しいところなのかもしれない。だとしたら、私自身は女がフツーに働き続けられるような職場をつくりたいと思った。「あなたの代わりはいくらでもいる」とか、女に「仕事か結婚か、育児か仕事か」という選択肢を突き付けることなく、「女の人はまずは男をサポートして」という体質に疲弊するようなことなく、女がフツーに働ける職場を、いつかつくりたいと思った。女友だちと共に働ける職場、それが20代、女友だちと働けなかった私の夢になった。

女友達に熱狂した私

 「女友だちと仕事をしたい」という願いは、セックスグッズショップを始めてしばらくしてから、すぐに叶った。私に本の執筆依頼がきたのだ。なぜショップを始めたのか?なぜセックスグッズなのか?私が受けたフェミニズムの影響はどういうものだったのか。当時珍しかった女性が経営する女性向けセックスグッズショップのオーナーとして、私は好きなことを思うままに書かせてもらえた。「はちみつバイブレーション」というタイトルで本が出版された後、私の周りには女友だちが一気に増えた。一緒に働きたい、と言ってくれる友だちがついに現れたのだ。

 彼女たちは今までの友だちとはまったく違っていた。たまたま高校が一緒だったから、たまたま大学が同じだったから......という友だちと違い、「あなたの本を読んで、共感したから」「あなたの本を読んで、私はこう考えたから」と私と語りたがる人たちだった。私は彼女たちと共に定期的にワークショップや勉強会を開いた。ほとんど同世代だった彼女たちと親密になるのに、時間はほとんどかからなかった。

 私の学生時代は、大学で女性学やジェンダーを学べる時代ではなかった。趣味として一人でフェミニズムの本を読んでいた私にとって、フェミニズムを語り、女性の生き方について語り、この社会ちょっとおかしくない?と言い合える友の存在は何にも代えがたいものだった。

 私たちはいろんなことを語り合った。たとえばセックスについて、結婚制度について、オナニーについて、中絶の体験や、暴力の経験、男との関係について、性欲について、女の風俗の可能性について......今まで語りたかったけれど語らなかったこと、語れなかったことを、私たちは文字どおり夜を徹して語り合った。

 大学院生や学部生、会社員もいたし、フリーの編集者や研究者に漫画家と、バラバラな立場の20代から30代の女たちが10人ほど集まり、「女であること」を嬉々として語り、当然のように友情はどんどん深まった。

 当時、自分が書いたものを読むと、私がどれだけ彼女たちの存在に舞い上がり、女友だちを絶賛していたのかが分かる。彼女たち全員が運命的に出会えた生涯の友だと、確信を持って信じていた。

 やがて、そのうちの何人かが私の会社で働いてくれることになった。私が望んでいた「女友だちと働く夢」が形になったのだ。「志を共にする、深い信頼で結ばれた、友だち」と働くという理想に近づいたのだ。

私が男でもそんな態度をとるの?

 さて。結論を言えば......私は友と働いたことによって、友を失う結果になったのだった。正直言えば、今、こうやって書いているのも気が重いほど、醜悪な諍いを繰り返した。

 A子さんたち(総称で呼びます)と私は、たくさんの時間、様々を語り合うことで分かり合えていたはずだった。それなのに仕事の上では、あまりにも相性が悪かったのだ。

 リプロダクティブヘルスアンドライツ(性と生殖に関する健康や権利についてです)について語っていた時は、あれほど意気投合していたのに、たかがバイブの発注一つで、ここまで揉めるか?というくらいに揉めた。女性の貧困問題ではいろんな解決方法を提案できる友人が、バイブが壊れた......というお客様へのクレーム対応がものすごく雑な時に、とても腹が立った。優しい人間関係を!なんてことを言う私が、商品の梱包の仕方一つに細かいことガミガミ言うたびに、A子さんたちの気持ちが萎えていくのを感じた。〝正しいフェミニスト〞としては、緩やかに、私生活を大切に、人間らしく働きましょう!と言いたいところだが、「つべこべ言わず手を動かして!人間らしさを捨てて仕事して!」な時間も仕事をしていればある。そんな現実と理想のギャップに、お互いに日々苛まれた。

 よく「女性だけの職場だと大変でしょう?」と言う人がいる。女特有のドロドロした感情や嫉妬で職場が感情的に蠢いていく......というイメージが、そういう人たちにはあるようだ。

 いやいや、そんなの女だけの職場に限らないでしょう?男がいたってドロドロで感情的な職場なんて、たくさんあるでしょう?とは思うけれど、さすがに友人たちと揉めた時は、「私が男だったら、どうなのだろう?」と、考えたことは何度かあった。

 たとえばあるA子さんと取引先に営業に行った時、彼女がプレゼンをしている最中に私が口を挟んだことがあった。すると彼女は明らかに不機嫌な顔になり、その場で「それ、聞いてないけど?」と言ってきた。

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メロスのようには走らない。〜女の友情論〜

北原みのり

独身、既婚、子持ち、子なし、お金持ち、貧乏、美人、不美人…。ちょっとの「違い」ゆえに、時々ぶつかる私たち。それでも、男には絶対に見出せないものが、女の友情にはある。「女友だち」の新しいカタチを描く、北原みのりさんのエッセイです。

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コメント

natsuki_nm こんな時代だけど自分の足で立とうとしている女性は意外と少ない。 https://t.co/gBhWCrYGCV 5ヶ月前 replyretweetfavorite

sabochin ついつい読んでしまうのでコラムとしては優秀なんだろうけど、毎回ハァ???ってなって終わるのである意味才能だと思う 5ヶ月前 replyretweetfavorite