九螺ささら「きえもの」

九螺ささら「きえもの」【パピコ】

眠るために選んだので、その町に行きたい場所はなかった。
「パピコ」が何なのか、わたしは知らない。
――電子雑誌「yomyom」に連載中の人気連載を出張公開!

 パピプペポの不協和音としてパピコは追放されて遊牧民に


 眠るために選んだので、その町に行きたい場所はなかった。

 商店街の外れに一軒だけ、開いている店がある。

「パピコ」と書かれた看板がある。

「この町では煙草を吸うことも、買うこともあげることも禁止されたがにゃ」

 招き猫の仕草をしたまま固まった媼(おうな)がつぶやく。

 煙草絶滅を主張する内斗概人(ないとがいと)氏が町長に初当選してから三十年。内斗氏以外が立候補することもなく、町の入り口には「持たず作らず持ち込ませず」のスローガンが書かれた塔が、端を激しく錆びつかせながら立っている。

 海沿いの町だ。

 わたしは、

「パピコください」

 と言う。

「ちょっと待つがにゃ」

 言って媼は姿を消す。

 日が暮れてしまったので、わたしは店を出る。


「パピコ」が何なのか、わたしは知らない。


 帰ってしばらくすると、今年二度目の「眠り最適化枕」が届いた。

「眠り最適化枕」とは表向きの名称だ。

 国民は義務として、この枕を使わなければならない。そして税として、夢の七割を奪われる。

 しかし、徴集された夢は、国民に電気として還元される。

 夢からエネルギーを取り出すことに人類が成功してから、七十三年が経っているそうだ。

 もっと夢を覚えていたいなと感じる。

 けれど18歳以上は例外なく夢を取られるのだから、仕方ない。

 何もかもネットで買っているから、この町に唯一残っている店で、生きた店員相手に買い物というものをしてみたい。

 パピコとはなんなのか。

 知りたい。


 この町には、元国民的漫画家が住んでいる。彼は百歳を超えて老後を過ごしている。

 先月、タウンニュースの取材で、彼がいる施設を訪ねた。

「夢を取られてからじゃよ。わしがスランプになったのは。もう、七十三年間、ずっとスランプじゃ」


「パピコってなんですか?」

 わたしは思い切って聞いてみる。

「パピコ……」

 彼の目は、あと少しで思いだしそうな光を一瞬宿した。

 わたしは身を乗り出す。

 しかし目の中に光が戻ることはなく、老人は、自分に失望する表情を隠さなかった。

 わたしは、白黒の夕暮れの中を帰途につく。

 発電所から、「夢漏れ」の警告音が発動される。

 夢に降られ、町じゅうが色を帯びてゆく。



「凍らせて怒らせて眠らせてくださいパピコはみんなの喜怒哀楽です」


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新潮社
2018-09-21

この連載について

初回を読む
九螺ささら「きえもの」

九螺ささら /新潮社yom yom編集部

初の著書『神様の住所』がBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した歌人・九螺ささらによる、短歌と散文が響き合う不思議な読み物。電子雑誌「yomyom」に連載中の人気連載を出張公開!

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