島田英二郎(週刊モーニング編集長)・前編「マンガはひと駅の時間で人生を変えられる」

あのクリエイターの机から、そのお仕事のスタイルをうかがう本連載。今回は趣向を変えて裏方のお仕事である編集者。『バガボンド』『宇宙兄弟』『グラゼニ』『GIANT KILLING』などなど、数々の大人気作を掲載する週刊モーニングの編集長・島田英二郎さん。先日、週刊マンガ誌初のデジタル配信『Dモーニング』をスタートさせるなど、革新的な試みをされている「クリエイター」です。ではそんな島田さんの机とは、そしてお仕事とはどういったものでしょうか……?

作品のための取材は、情報収集だけじゃない

島田英二郎(以下、島田) これ、「クリエイターズ・デスク」って企画なの? 編集者はクリエイターじゃないけどいいんですか?

—もちろんです(笑)。創作活動に深く関わる人という意味で、ケイクスでは編集者もクリエイターだと考えています。ぜひよろしくお願いします!
 ではさっそくですが、1日のうちどれくらいの時間、机でお仕事をされてるのでしょうか。

島田 編集長はけっこういつも机にいるものなんです。部内のいろいろな人が相談に来るし、アポイントもこっちが行くより来社してくださる場合が多いので、意外と外に出る機会が少ない。結果的に机にいることになります。

—うわー、書類がいっぱいですね。

島田 全然整理できてなくて(笑)。まわりの編集者の机もみんなそうでしょ。何人かすごく片付いてる人もいるんだけど、やっぱり少数派だよね。

—机の上にある本は、作品に関係している本ですか?

島田 資料だったり、献本だったり。けっこう資料の本は多いですよ。

—『週刊モーニング』の作品は、綿密な取材をベースにしたものが多い印象があります。

島田 1988年に始まった『沈黙の艦隊』や1990年スタートの『ナニワ金融道』のあたりから、取材を元にしたマンガが増えていきました。あのくらいの時代に、マンガにすごくリアルな情報が必要になっていったんだよね。でも、取材っていうのは、情報収集だけじゃなくて、もう少し広い意味があるんですよ。

—もう少し広い意味?

島田 自分の頭のなかにある材料だけで、作品を組み立てようとするのは、すごく不自由なんです。だから一見直接作品に関係ないようないろいろな情報をうまく吸収して消化できる作家さんの方が、息が長いことが多い。池波正太郎先生だって、歴史の文献を読むだけでなく、週に何日も試写会に行って映画を観ていたそうです。

—え、時代劇映画を観ていたんですか?

島田 時代劇だけじゃなく、それはもうアニメからたのきんトリオの映画まで手当たり次第に。それが、池波さんの取材だったんでしょうね。いろいろな作品の刺激が、かたちを変えて、自分でもわからないレベルで作品に反映してくる。だから、あの生産量をキープできたんだろうと思いますよ。

—この『ラグビーマガジン』も資料ですか?

島田 これは、『モーニング・ツー』に連載してるラグビーマンガ『ALL OUT!』の著者さんと編集担当のインタビューが載ってたので。そういうのも、目を通してます。

原稿が入るか入らないか。毎週、時間との勝負

—あ、このペン、講談社って書いてありますね。赤字を入れるときはこれを使う決まりなんですか?

島田 あ、ほんとだ、講談社って書いてある(笑)。気にしてませんでした。講談社はずっと昔からこのペンがありますね。いや、赤字を入れるのは市販のボールペンでもいいんですよ。書ければなんでも。あと必須なのは、付箋です。校了紙に、修正箇所を書いてポンポン貼っていく。

—この積み重なってるのが校了したマンガですか?

島田 これは、校了した後ここまで印刷しましたよ、という出力です。たまにこれをチェックしなきゃいけない事態が出てきますが、記録用に出しているので基本的には積んであるだけです。

—あ、じゃあこれを全部読まなきゃいけないというわけではないんですね。

島田 読まない、読まない。校了紙の段階で全部読んでますから。

—その校了紙のチェックで、修正が見つかることもあるんですか?

島田 よくありますよ、そりゃもういくらでも。だから、付箋が必要なんです。誤字脱字から始まって、内容についても気になるところがあれば指摘します。描き直してもらうこともありますよ。

—ここで編集長チェックに無事通るかどうか、編集担当の方はドキドキですね。

島田 それもそうだし、締切までに原稿があがってくるのかも、毎回ドキドキですよ。週刊誌は毎週そればっかり。入るのか、入らないのか、ぎりぎりの戦いです。

—うう、聞くだけで胃が痛くなりそうですね……。この辞書は、ずいぶん使い込んでありますね。“E.SHIMADA”と記名してあります。

島田 ああ、この英和辞書は受験生の時から使ってます。今でもときどきひきますよ。編集者がみんな、英語使いたがるからさ(笑)。電子版の『Dモーニング』を出してから、海外からでもリアルタイムで『モーニング』が読めるようになったんですよ。すると、ネイティブの人が見る機会も増える。そこでスペルとか意味とか間違ってたら、恥ずかしいよなって。

—たしかにDモーニングだと、海外在住でも毎週モーニングが読めますね。

島田 紙のモーニングを海外で読むには、1ヶ月遅れで、価格も1000円くらいしたからね。ツイッターでも「ニューヨークで最新号を読んでいる」という声が届いています。海外の人も読めるようになったのはすごく良いこと。これからも需要が増えると思いますよ。

「読むと元気になる」かどうかという基準

—島田さんは編集長として、どんな作品を掲載するか、どんなPRをするかなど、いろいろなことを判断していらっしゃると思うのですが、そのときにどういったものがモーニングらしいか判断されているんですか?

島田 うーん、「らしさ」というのは、自然に生まれるものだと思っています。雑誌の「らしさ」って、人格とよく似てるんですよ。

—ええと、「モーニングさん」という人がいる、ということでしょうか。

島田 そうそう、モーニングさんがいると思ってほしいんです。その人がすごく個性的な人だと、嫌われることもあるけど、強烈に好きになってくれる人もいる。明るくていい人だと万人に好かれるけど、特別に好かれることもない。そんな感じです。

—確かにマンガに限らず個性が際立っている雑誌ってありますよね。

島田 そうです。で、その人格というのは、コントロールができないものだと思うんですよ。無理にコントロールしようとすると、雑誌がつまんなくなる。「こうあろう」というよりは、モーニングさんはこうでしかいられない、という感じですね。そして、それを巧まずして体現できる人が編集長なんだと思うんです。そうじゃないと、人格がぼやけた雑誌になる。そうじゃない編集長もいるでしょうけど、おれの考えとしては、そうです。もちろんもっとターゲットを狙ってつくりこむタイプの人がいいとも思いますけど。おれ、それ苦手だし。

—新人賞の作品を選ぶ時も、モーニングらしいかどうか考慮しますか?

島田 それも自然に出てくるんだよね。伝統的なちばてつや賞も、なんでもありのMANGA OPENも、選考委員の先生に見ていただく前に、部内の40人の編集者で選考するんです。その時に最終選考まで残す基準というのは、「これは絶対にいい」と推している編集者がひとりでもいるかどうか。だから、基本的には何の基準もなく選んでいくわけです。それでも不思議と、モーニングらしいものが残る。

—そういうものなんですね。

島田 その「らしさ」に反抗して、違うものを求めたい編集者が出てきたら、その人がまた違う「らしさ」をモーニングに付け加えて……ということを繰り返しているんだと思います。その辺は計画的ではないんですよ。
 あとこれは「らしさ」とはちょっと違うけれど、「読むと元気になる」というキャッチコピーはすごく大事にしています。

—ああ! 表紙の左肩に毎回入ってますよね、「読むと元気になる」。

島田 モーニングはそういうものであってほしい、とすごく思います。ある一定のレベルを超えておもしろいものって、読むと元気が出るんですよね。それが明確なひとつの基準。元気になるっていうのは、前向きになるとか、笑えるとか、単にそういうこととはちょっと違う。悲劇でもホラーでも、そのクオリティが極端に高ければ、人は元気になる。それを一番効率的に提示できるエンタテインメントが、マンガなんです。

デジタルコンテンツのリングに上がるための「500円」

—効率的に、ですか。

島田 ごく短い時間で、手軽に読める。これが、決定的なマンガの力。電車のひと駅分で、人を元気にできるのは、マンガだけなんです。

—あぁ、たしかに週刊誌の1話分だけでも、泣けたり、勇気が出たりすることがありますね。

島田 でしょう。いまのエンタテインメントのリングに上がって勝てると思った勝算もそこにある。いま、電車の中を見ると、みんなスマホいじってるでしょ。それでなにやってるかというと、ソーシャルゲームとかそういうのが多いですよね。あれ見ると、「みんな早く時間が過ぎてほしいのかなあ」と思います。

—ソシャゲは時間つぶしに使われることが多いかもしれませんね。

島田 自分はソシャゲほとんどやったことないんでわかりませんが、どちらかといえば「何かを得る」ためよりは「時間をやり過ごす」ことに特化したエンターテイメントに思えます。ただおもしろいだけで生産性のないコンテンツというのは、これはこれですごく大事なんですよ。マンガにだってその役割はあるんだから。
 でも、マンガはもうひとつのエンタテインメントにもなり得るんです。たとえ数分だったとしても、この20ページを読んだ自分の人生が、10年後にちょっとでも変わっているような影響力を持つようなコンテンツに。そういう種類の娯楽が、いまデジタルコンテンツの中にあまりない。小説も映画もそういうものを目指してるけど、見るのにある程度時間がかかるでしょう。だから、市場の隙間を埋めるという意味で、モーニングを電子配信することにすごく勝機があると思いました。

—たしかに短い時間で感動できるコンテンツって、マンガ1話分くらいかもしれません。

島田 Dモーニングをつくった最大の目的は、デジタルコンテンツのリングに上がることだったんです。今やもう、娯楽の中心はデジタルの市場にあるから。そうすると、ゲームやSNSと同列で価値を競うことになる。だから、同日発売じゃなきゃダメだし、価格も500円じゃないとダメだった。

—そう、Dモーニングは、紙の雑誌で買っていた身からすると、破格の値段だと思いました。

島田 もちろん、これができるのは、紙のモーニングがあるからこそではありますよ。ただ、価格設定の考え方っていうのは2つあるんです。どれくらいだとペイできるかで決める方法と、みんなが求めてる値段はどれくらいかで決める方法。電子の世界で戦うなら、前者のような紙の雑誌の値段と売上から算出していたら勝てないですよ。だから多少無理してでも500円という数字を出す必要があった。もちろん最初は「じゃあ……思い切って1000円切りますか?」みたいなところから、交渉を始めたんですけどね(笑)。

—なるほど、500円というのは他のアプリを意識した価格設定だったんですね。

島田 もうこれは、意思表示ですよね。モーニングの付属としてではなく、Dモーニングとしてデジタルコンテンツのリングにあがるぞ、っていう。そうしないと、電子化した意味がないですから。

次回は7月9日(火)更新予定。

構成・崎谷実穂

 

島田英二郎(しまだ・えいじろう)
1966年生まれ。東京都出身。90年に講談社に入社し、92年より『週刊モーニング』編集部。2006年、月刊誌「モーニング・ツー」の編集長。2010年に『週刊モーニング』編集長に。
Twitter:@asashima1
DモーニングHP:http://app.morningmanga.jp/

 

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mobius731 本当にそう思います。いろんなものが融合し熟成していい作品として完成します。若いときは勢いでいきますが歳を重ねるとそんな経験や蓄積がものをいいます。 http://t.co/MdxFCUJZZA 約4年前 replyretweetfavorite

kanegokigen 「自分の頭のなかにある材料だけで、作品を組み立てようとするのは、すごく不自由なんです。だから一見直接作品に関係ないようないろいろな情報をうまく吸収して消化できる作家さんの方が、息が長いことが多い。池波正太郎先生だって、歴史の文献... http://t.co/TdzSPg5DeV 約4年前 replyretweetfavorite

consaba 【第5回】 5年以上前 replyretweetfavorite

yaiask 13:31まで無料。今日は『モーニング』の発売日!編集部にお邪魔して島田編集長の机を見せてもらいました→【第5回】 5年以上前 replyretweetfavorite