コーカサス地方の大洪水により人類の二度目の拡散が始まった

【第11回】
最後の氷河期が終わり海水面が上昇したため地中海の水が黒海に押し寄せ、あふれた水が二つの山脈に挟まれた外コーカサス地方の低地を通路としてカスピ海に流れ込んだ。これが聖書に描かれた“ノアの箱舟”の大洪水の正体だ。そして大洪水をきっかけに、人類は二回目の拡散を始めた――。

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“ノアの箱舟”の大洪水はコーカサス地方で起こった


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地中海は巨大な内海である。
黒海はトルコの北に広がる内海で地中海とはボスポラス海峡で繋がっている。

ボスポラス海峡はトルコ最大の都市イスタンブールをアジア大陸側とヨーロッパ大陸側とに分ける海峡としても名高い。

黒海より更に内陸にある世界最大の湖がカスピ海である。海の名が付いているが海とは繋がっていない。

そして、黒海とカスピ海とに挟まれた地域がコーカサスと呼ばれる地方である。現在、ジョージア、アルメニア、アゼルバイジャンの三つの国が存在している。

大コーカサス山脈の北側のロシア領を北コーカサス地方と呼ぶ場合もあるが、歴史的には、コーカサスといえば大コーカサス山脈の南から小コーカサス山脈にかけての地方を指すことが多い。

カスピ海は塩分を含んだ塩湖で、もともとは地中海と共に海であったものが大陸の移動によって閉じ込められて湖になったと言われている。ところが、カスピ海の塩分濃度は世界の海の三分の一程度しかない。ここから、カスピ海も黒海も、もとともは淡水湖であったという説が生まれた。

最後の氷河期が終わった頃、徐々に海水面の上昇が起こった。
増加する地中海の海水は黒海との境界部分の土地を侵食し、やがて川の堤防が決壊するようにして地中海と黒海とを繋ぐボスポラス海峡が生まれた。そこから、怒濤の如く海水が黒海に流れ込んだのである。

急速に海水化しその水面を上昇させた黒海はすぐに一杯になる。増水した黒海は溢れ出し、今度はその海水が黒海の東端から大コーカサス山脈と小コーカサス山脈の間の低地に大洪水を起こしながらカスピ海に流れ込んだ。

これがコーカサスの大洪水説である。

結果として、カスピ海は塩分濃度が三分の一程度の塩湖となり、地中海と繋がった黒海は塩分濃度が通常の海の約半分となった。
ボスポラス海峡における地質調査はこの大洪水説を強く支持している。

アルメニアと接するトルコの東端にあるアララト山は、この大洪水のあとノアの方舟が流れ着いた場所であると信じられているのである。


「先生は、メソポタミア文明も、もともとはコーカサス地方から渡って来た人たちが作り上げたものだという意見をお持ちなのですね」

「そうです。メソポタミアの文化を含め、世界の各地で開花した近代的文化は、もともとコーカサス地方で文化を形成していた人たちが大洪水で離散し、それぞれの地域で改めて活動を始めた結果として出来上がったものであるという意見です」

きっぱりとした口調だった。

「ウィーンの学会では先生がこの話のセッションを纏められた」

「そうです」

「なるほど。だとすると、逸話ではなく科学的根拠の確認が目的だったのかもしれない」

鈴木が独り言のように呟いた。

「どういうこと」

菜月が訝しげに訊ねた。

「つまり、記者や神父が欲しかった情報とは、神の遺伝子が日本に伝わっていることの科学的根拠だったのかもしれない」

菜月は反芻するように何度も頷いた。

「神の遺伝子とは?」

突然の話に学長は戸惑いながら割って入った。

鈴木は、慌ててY染色体ハプロタイプの話と、渡辺から聞いた神の遺伝子の話を学長に概説した。

「面白いですね。遺伝学的に星の印が右手の掌に出ることが証明されているのですか……」

「証明されているかどうかは判りませんが、科学的根拠のある話なのは間違いないようです」

「それが神の遺伝子」

「はい」

「そして、その遺伝子の発現した男の子は恐ろしいほどのIQを持っている」

「はい」

「その話には科学的に十分な根拠がある」

「はい」

「F家系がコーカサスで誕生し、そこで神の遺伝子も生まれた。そして二度目の拡散を始めたきっかけが大洪水であったとすれば、すべての辻褄(つじつま)が合うわけですね」

「そうなると思います」

鈴木はきっぱりとした口調で言った。

「ウィーンの学会は誰でも参加できるものだったのですか?」

「誰でもではありませんが、正式な新聞記者の身分証明書をお持ちでしたら参加はできたと思います」

「それは確認できないでしょうか?」

学長はしばらく考えていたが、

「恐らく参加費を払う正式な手続きはされていないでしょうから、こちらでの確認は難しいと思います」

と、結んだ。申し訳なさそうな顔をする。

「それでは、主催者の連絡先を頂けますか?」

「もちろんです」

言うや否や学長は立ち上ると机に向かい、内線で秘書に指示を出した。
ソファーに座り直すと、

「科学はとんでもなく進歩してしまったのかもしれませんね」

と、ため息に似たトーンで言った。
鈴木は苦笑した。

間もなく秘書が数枚の書類を持って来た。
鈴木はスマートフォンで写真を撮るとPDFに変換し、ウィーンのLEGATに指示のメイルを送った。

その素早さを、感心したように学長は見ていた。
鈴木が作業を終えて顔を上げると、待っていたかのように椎名学長が話し始めた。

「日本には日ユ同祖論という根強い信仰のようなものがあります」

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神の遺伝子

中田力

“神の遺伝子”をさがす謎の中東系の男と米国人記者に始まる連続殺人事件。若き遺伝子学者・高山菜月は、FBI捜査官の日系人・鈴木とともに二つの謎を追いかけていく。Y染色体ハプロタイプ分析から導かれる人類の歩み。日本古代史の謎。そして救世主...もっと読む

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