ネット小説家・REN9こと漣野久遠の電書テロリスト宣言

【第12回】
ネット小説家・REN9として売れっ子だった漣野だが、出版社の拙い売り出し方で一般文芸の作家としては成功せず、電子書籍専売の作品を書くよう持ちかけられたという。思い余った漣野は、ベテラン作家・南雲の前で「電書テロリストになる!」と宣言する。

文学少女が編集者として一人立ちしていく姿を追いながら、変貌する出版界の明日を占うお仕事小説。

◆ネット小説家REN9こと漣野久遠の挫折

「漣野(れんの)さんは、なぜ小説の世界に飛び込んだのですか」

 自分とは時代が違う。現在は、様々な自己表現方法がある。マンガ、ゲーム、SNS、ユーチューブ。娯楽は多岐にわたっており、インターネットを使って多くの人に作品を届けることができる。それなのになぜ、紙の本の世界に迷い込んだのか。

「元々僕はネット小説の人間なんです。小説家になろう、アルファポリス、エブリスタ。最近ではKADOKAWAのカクヨムもあります。そうした界隈で小説を書いていたんです」

 なるほど、現代的な作家というわけか。

「名前を検索したら読めますか」

「いえ、ハンドルネームを使っていますから。それに同一人物だと公表していませんから」

「ネット小説用のペンネームは?」

「REN9と書いてレンクと読みます」

 スマートフォンを出して「REN9 小説家になろう」で検索する。すぐに見つかった。

 作品のブックマーク数が五万以上ある。ランキングの上位にも入っている。どうして同一人物だと公表していないのか。この人数があれば、もっと売れただろうにと思い、漣野に尋ねる。

「デビュー当時の担当に、ネット小説の活動は表に出すなと言われたんです」

「なぜですか。販売上有利なことを、どうして禁止したのですか」

「文学賞の選考委員や編集者、書評家には、小説家になろうというサイトが嫌いな人が多いそうなんです。そこ出身と思われたら排斥されるから隠すようにと言われたんです。
 山形に『小説家になろう』という講座があって、第一線で活躍している小説家、編集者、書評家が多数学んでいたそうです。そこに小説投稿サイトの『小説家になろう』を運営するヒナプロジェクトが、名称使用の差し止めを求めたんです。
 それに対して文芸系の人間たちが反発したのが理由です。運営会社を憎むあまり、サイトの利用者にも敵意を向けたわけです。

 —だから、出身者であることを明かさないで欲しい。

 話を聞いた時、啞然としました。当時未成年だった僕が言うのもおかしいですが、なんて子供っぽい業界なんだと思いました。
 グーグルが憎いから、ジーメールを使っている人を排斥しようと言っているようなものです。この業界は内輪意識で動いているんだなと感じました。そして斜陽産業になるはずだとの感想を持ちました。
 あの人たちは、ものを売ることに対して真剣じゃないんです。今売らなければ明日はないという危機感が欠けているんです。
 一冊目の時に、ネット小説の既存読者全員に本を買ってくれと頼んでいたら、もう少し結果は違っていたはずです。そうしなかった挙げ句が、紙の本は売れなかったので電子書籍専売でという状況です。笑えますよね、本当に」

 漣野は口元を歪める。彼の話は止まらない。本来多弁な人間なのだろう。

「出版社の存在意義は、宣伝と販路開拓だと僕は思っています。そもそも、自分が書いた小説を読んでもらうだけなら、出版社を通さなくてもいいんです。今は誰でも小説を発表できる環境が整っています。
 その時代にあって、売る力があるから出版社と組むんです。売る能力のない出版社は、個人出版より劣ります。
 そういう意味では、出版社は必然的に電子書店を自社で持たなければ勝負になりません。KADOKAWAはBOOK☆WALKERを持っています。小学館はマンガワンを成功させています。講談社もコミックDAYSで、自社の雑誌とマンガを売ろうとしています。各社多様な取り組みをしています。
 小説もそうした売るための仕組み作りをする必要があります。通販会社や電子書店に卸して、売れた売れなかったと言っているうちは駄目なんですよ。
 ネットで自社の商品を販売する最善の方法は直販です。それができるなら、それに越したことはありません。次善の方法は出版社連合を作り、電子書店のはしごを外すことです。
 著者と読者のあいだにある、出版社、取次、書店。この数はいずれ減ります。既に取次はその力を大きく落としています。電子での存在感は著しく低いです。
 次は出版社と書店です。椅子取りゲームですよ。出版社が電子書店を出し抜けないなら、電子書店は出版社の椅子を奪います。
 それに、出版社の多くは根本的な間違いを犯しています。紙の本の代替物として電子書籍を売ろうとしています。紙の本の売り上げの落ち込みを、電子書籍で補おうとしています。でも、それは視野が狭すぎる話です」

「どういうことですか」

 漣野は自分とは違う電子書籍像を持っている。そう感じた南雲(なぐも)は、情報を引き出そうとする。

「電子書籍は、電子小説という一大ジャンルの中では、小さなサブジャンルにすぎません。小説家になろう、アルファポリス、エブリスタ、カクヨム。そうしたウェブブラウザで閲覧して、誰でも小説を投稿できる小説投稿サイトがあります。
 著作権切れの小説を大量に公開している青空文庫も電子小説の一つです。
 cakesのように、プロが手掛けた様々なマンガやエッセイ、小説を有料で読めるサイトもあります。同じ会社が運営しているnoteのように、個人で利用できる、原稿の続きを読む際に課金をおこなえるサイトもあります。
 サウンドノベルやビジュアルノベルも、電子小説の一形態です。
 そうした、文章とイラスト、音声や音楽が融合した表現は、HTML5の登場以降、ウェブブラウザ上で安価に提供できるようになりました。パソコンでもタブレット端末でもスマートフォンでも、小説の一形態として楽しむことが可能です。
 実際に、そうした機能を売りにした小説投稿サイトも存在します。Denkinovelなどがそうです。
 海外では、LINEなどのチャットアプリ風に、小説を書いて販売するサイトも成功しています。チャットノベルと呼ばれるジャンルです。日本でもIT系の各社が参入しています。
 電子小説には、電子書籍以外にも様々なものがあります。出版社の人間は、そうしたものを下に見ているようですが、気がつけば足をすくわれかねない。今はそうした時代です」

 思わずうなりそうになる。自分の考えがおよばないところまで、電子の小説世界は広がっているようだ。

「それだけではありません。出版社主導の電子書籍は、スマホやタブレット端末、パソコンなどで読むコンテンツとしては非常に遅れています」

「遅れているとは、どういうことですか」

 漣野は、ポケットからスマートフォンを出して操作する。そして、画面を南雲に見せた。

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#電書ハック

柳井政和

小説が好きで出版社に就職した春日枝折だったが、配属されたのは電子書籍編集部。 紙の本から戦力外通告を受けた老作家、ネット民には刺さる準引きこもり作家、紙の本には目もくれないデジタル電子書店員たちとの出会いに戸惑う枝折。 やがて作家たち...もっと読む

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