茂木 健一郎(もぎ けんいちろう)/1962年東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。脳科学者。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職はソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。
※前回のお話はこちら。
——「いい人」をやめるとラク。 それはわかりました。とはいうものの、社会の常識や規範に関係なく生きるというのは、やっぱり怖い気がします……。
茂木健一郎(以下、茂木) 「いい人」をやめないほうが、怖いことかもしれませんよ。これからの時代、「いい人」をやめた人じゃないと輝けないはずだから。
——それは聞き捨てなりません! 詳しくお願いします。
茂木 最近、学生たちと話していて感じることなんですけど、「大学を出て、企業に入って働く」という従来型の人生設計を立てながら、でも、それだけじゃ不安でしょうがない、って考えている人が増えてきています。
だって、インターネットには明らかに「いい人」をやめちゃってる人、つまり常識や規範や世間体に縛られずに個性で成功してる人がわんさかいるでしょ。それを見て、そういう生き方もあるのかな……と。
本当は輝きたいけど、「いい人」でいたいから結局は輝けない。今まさに、「いい人」でいることのリスクがこんなふうに顕在化しているんじゃないかと思いますね。
——「いい人」をやめれば、個性を出して輝けるんでしょうか?
茂木 そうです。「日本人は没個性だ」なんていう人がいるけど、あんなの絶対ウソで、みんな本当はそれぞれがすごく個性的なんですよ。個性がないように見えるのは、「いい人」を演じようと我慢してるためです。本来、人間の脳は一人ひとり、まったく違う個性を持っているんですから。
——じゃ、その我慢をやめると、個性と一緒に能力も、もっと発揮できるようになりますか?
規範やルールだらけの日本の受験は、
“「いい人」養成機関”
茂木 それは間違いないです。そう考えると、規範やルールだらけの日本の受験は“「いい人」養成機関”そのものだから、本当に何とかしなくちゃいけないよね。
最近また、いろいろ調べて愕然としてるんだけど、アメリカのハーバードやイエールなど名門大学の入試担当者は、すでにハッキリ言ってるんです。「ペーパーテストの点数は“dismiss”します」と。平たく言えば「ガン無視する」っていうことで、実際にデータでも裏付けられています。
——ペーパーテストはガン無視ですか! となると、どうやったら受かるんでしょう?
茂木 それはね、「前田裕二が石原さとみのハートをゲットした秘密」ってこと。
——え?? ちょっと何言ってるかわからない……。
茂木 そうそう、それです。青年実業家ならみんながみんな美人をゲットできるわけもないし、成功した本当の理由なんて、誰にもわからないじゃないですか。それに近い。つまり、そういうアメリカのトップ大学の入試には「正解」が存在しないんです。
——傾向と対策が練れないんですか。
茂木 そう、練れない。日本の大学受験だと、「いい学生」になって、ルールを守って、真面目に受験勉強をすれば受かるようになってるでしょう? ハーバードやイエールでは、それが成立しない。優等生であることは特に求められていないわけです。
——そんなに違うんですね。でも、学力じゃないなら何を評価して合否を決めるんですか?
茂木 ある入試担当者は、チームスポーツより、乗馬とかヨットとか、一人でリスクをとるスポーツをやってきた人のほうが有利だって話していました。あと、今までにない新しいスポーツを思いついてやってきた人なんかも、合格する可能性が高いそうです。
たとえば一輪車でガタガタ道を行くスポーツとかね(笑)。そういうのを一生懸命やってききたんだと入試のエッセイで書けば、もしかしたら合格できるかもしれないという、超・変テコな世界なんです。
要するに、世界のトップ集団では、「みんなと同じことをがんばった」というのは、まったく評価されなくなってきているんですね。
——それは、ある意味、しんどい時代という気もしますね。みんなと同じことをがんばって、自分のランクに応じた大学に受かるほうが、やっぱりラクというか……。
茂木 日本の社会なら、今のところ、そうやって従来のシステムに乗っていても通用しますけどね。でも問題なのは、日本式の受験で大学に入って、そのまま社会に押し出されて、その先に輝かしい人生が約束されているか? ということです。
実際はもう、そういう思考停止の人間が実力を発揮できる時代じゃなくなってきているわけで、だからそこに気づいた学生たちが模索しはじめてるんですよ。
——問題意識の強い学生たちは、そこを敏感に感じ取っているんですね。
茂木 「人と違った発想」でイノベーションを起こし続けなくてはいけない……。すでにグローバル経済は、その方向で動いていますよね。
自分だけの付加価値を生み出すには、すでに競争の激しい「レッドオーシャン」に行くのではなく、競争相手のいない、自分のオリジナリティで打って出られる「ブルーオーシャン」を見つけないといけない。「みんなと同じ」を重んじる「いい人」に、それは難しいんじゃないかと思う。
これからの時代は、
「いい人」をやめた人じゃないと輝けない
——たしかに「人と違うこと」は生み出せないでしょうね。
茂木 スティーブ・ジョブズなんかも、今では神様のように思われているけど、彼とスティーブ・ウォズニアック(アップル社の共同設立者)は高校生のときに、AT&T(アメリカの通信会社)の長距離電話をタダでかけられる装置を作って売ってたんですよ。完全に違法行為です。しかも、その装置でバチカンに「私はキッシンジャー(当時のアメリカ国務長官)だ。ローマ法王と話したい」っていうイタズラ電話までした。結局、バレちゃったんだけどね。
——ぶっとんでますね!
茂木 明らかに「いい人」じゃないよね。だけど、そういう人たちじゃなかったらアップルみたいな会社は作れなかったわけです。
もう1つ有名な例を挙げれば、フェイスブックは、マーク・ザッカーバーグがハーバード大生だったころ、フラれた腹いせにネット上で女の子の写真を2枚並べて、「どっちがイケてる?」ってやったのが始まり。ひどいよね?
——どう考えても「いい人」じゃない(笑)。
茂木 今の世の中、そんな実例ばかりですよ。
——やっぱり今の時代、「いい人」でいるほうがリスクは大きいんですね……。
茂木 受験勉強して大学に入って、ダークスーツを着て就活して、新卒一括採用で企業に入るっていう道は、まだ残っています。残ってはいるんだけど、その道はどんどん細くなってますね。実際、東芝にせよ日産にせよ、かつての優良日本企業がビジネスに苦しんでるわけじゃないですか。
もう旧来型の「いい人」の経済は終わりかけていて、それとは逆に、「いい人」をやめた人の経済が盛り上がっているという現状があるわけです。
——あらゆる意味で、古い日本的なものは書き換えていかないといけない?
茂木 いや、すべてを書き換える必要はありません。
これからも日本人の伝統的な勤勉さとか、グリット(やり抜く力)とかは生きるでしょうね。僕も子どものころに、『巨人の星』みたいなスポ根マンガで徹底的にグリットを叩き込まれたけれども……。だから日本の文化を捨てる必要はないけど、ちょっとモードチェンジをするというか。そうしたほうが、より楽しい日々が待ってると思うんです。
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