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灰江田は、コーギーとともにドットイートに戻った。入り口の立て看板の横には自転車が並び、今日も賑わっている。灰江田は、購入したソフトや、コーギーが買った同人ゲームを、ナナや常連客たちと楽しんだ。
日が暮れて閉店の時刻になる。客はすべて引き上げ、店内では後片づけが始まる。
「それじゃあ、サトシを送ってくる」
「灰江田さん、お願いね」
ナナは鼻歌まじりに備品をしまい、コーギーは掃除を手伝っている。今日はサトシの母親は帰りが遅いそうで、ドットイートの閉店時刻まで預かっていた。
「よし、行くぞ」
灰江田はサトシを連れて店を出る。街灯が点々と続く夜道を、二人で歩いていく。橘を出し抜く策は、まだ見つかっていない。Aホークツインは、コーギーと静枝の手によって本来の姿に戻っている。その内容を知ったであろう橘は、部下を使って再現を目指しているはずだ。
「どうしたの、いつもと違って無言だね」
心配そうにサトシが尋ねてきた。
「おいおい、それじゃあ、俺がいつもしゃべりまくっているみたいじゃないか」
「うん」
灰江田は眉を寄せて頭をかく。
「あのなあ、大人はいろいろとあるんだよ。黙っているときもあるさ。それよりもサトシ。ナナの店は保育所じゃねえんだ。いい加減、登校拒否をやめて、学校に行けよ」
灰江田は、突き放すように言う。サトシの奴め、ゲームばかりしやがって。自分の子供時代を棚に上げて、灰江田は心の中で毒づく。
サトシは、悲しそうな顔をして数字を数えだす。なんだよその反応は。灰江田は、むしゃくしゃして顔をしかめる。そういえばコーギーが言っていたな。サトシがゲームをしながら時間を計っていたと。そのことと、なにか関係があるのだろうか。
「なあ、サトシ。なんでぶつぶつと数字をつぶやいているんだ」
サトシは数えるのをやめ、灰江田に視線を向ける。
「以前、送ってもらったときに、Aホークツインのテンポが、UGO(ユーゴー)ブランドの他のゲームと違うって言ったよね」
「ああん。そんなこと、言ってたっけな」
投げやりな態度で答えると、サトシはしょんぼりとした顔をした。
「すまんすまん。確か、山崎さんから依頼が来た直後だったよな。発売されたAホークツインは、いろいろとバランスをいじってリリースしたものだ。元のゲームから無理やり変えたんだ。そりゃあ、同じテンポにはならないだろう」
「うん。僕も最初、そうだと思ったんだ。でも、コーギーさんが作った修正版をプレイしたときも、やっぱり違っていたんだ」
サトシの話を聞き、灰江田はにわかに真剣な顔をする。
「あの修正版のAホークツインでも、赤瀬裕吾が作ったゲームになっていないというのか」
「ゲームのテンポがおかしいんだ。修正版のAホークツインも」
いったい、どこがおかしいというのだ。自分もコーギーも、ドットイートの常連客たちも気づいていない差異。それがこの少年には分かるのか。
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