コミュニケーション疾風怒濤時代〜失望編 その②

「世界一の取り扱い高の広告代理店」に入社、新入社員研修に参加したが、理解不能な事件が起きる。大学出たてのシャイな若者は呆然自失。そんなの誤解に決まってるじゃないですか……。コミュニケーションは望んでもいないのに、向こうから勝手にやってくる! このときから、人生は変わった(始まった?) 話題の書、『伝わるしくみ』から特別連載です。

『伝わるしくみ』山本高史
マガジンハウス

若者大爆発

「事件」は研修も明日で終わりという夕方に起きた。
 習わしとして新人研修の最後は合宿と称して、富士五湖方面のホテルで打ち上げることになっていた。班単位ならば10人程度の無邪気で無謀な若者は、総数で十数倍にかさを増していた。

 翌朝には配属部署(営業とか、マーケとか、国際とか、ラテとか、クリエーティブとか)の発表という緊張の大イベントが控えている。勤務地は入社前に各々に通知されていたが、男子の行き先は出身地、出身校、その街に彼女のいるいないを問わず、本社・支社・支局、稚内から那覇までと幅広く、各人が思い思いに安堵や不安や恨みを打ち上げの場に持ち寄っていた。

「事件」の諸条件は整っていた。

 最後の講義が終わってぼくがある班の部屋の前を通りがかった時、いきなり名前も知らない同期に身に覚えのないことで難癖をつけられた。何ごとかと驚くぼくは、さらにその場にいた男数人から袋叩きにあう。

 合気道部出身で比較的身体が打たれ強かったのと、すぐに誰かが止めに入ってくれたから大事はなかったが、とにかく何がどうしてそうなったのかもわからない。問わずとも連中の一人が教えてくれたのだが、ぼくに関するある噂が突然の暴力の原因らしい。その噂は、ここで字にするのもはばかられるようなものだ。もちろん身に覚えもなく、根も葉もなく、あまりの突拍子のなさに口もあんぐりだった。

  火種はあったらしい。平たくいうと、ぼくとある同期女子がある飲み会で親密に話し込んでいたらしい。
(覚えていなかったが)

 彼女に好意を寄せるある男がそれを見て、ぼくと彼女の間に入ろうとしたがうまくいかなかったらしい。
(ぼくが対応を間違えていたのだろう)

 彼はそれを不愉快に思い(ここまではいい)、ある種の悪意をもってぼくのことを言いふらしたらしい。それがどう転んだか、ありえない噂となって連中に共有された。

 無邪気で無謀な若者の不安が沸点に達していたのだろう。その気持ちは理解できた。

もうぼくは怒ることを放棄した。
(もちろん悲しかったですよ)

 先輩に呼ばれて、ウイスキーを飲んだ。部活のコンパで飲まされ慣れていたおかげで、そんなクソ気まずい酒も飲めた。酒を飲めば何かが解決するわけではないが、彼としてはまあ手打ちにしろよということだ。
 ぼくは新入社員らしく失礼のないように「そんなこと常識的にありえないじゃないですか?」と先輩に丁寧に問うた。彼は「誤解される方も悪い」と言った。


(退職して10数年経た今でも、その会社は素晴らしい時間と場所だったと思っている。ただそういう荒々しい時代だっただけのこと。ぼく自身そういうものかと受けとめていた)

困ったことになったぞ

 ぼくはその「事件」で、図らずも得るものがいくつかあった。
 世界一の企業ともなると周りの新入社員はどれほどのものだろうと、正直自分の力不足におびえていた。同期たちは自分のキャリアにヴィジョンを持っているように見えたし、会話の中に業界用語や著名な業界人の名前を頻発させていた。

 ヴィジョンどころかロクな知識も能力も持ち合わせないから、彼らとの付き合いは居心地が悪かった。
 ところが憶測に反して、彼らが自分とどっこいどっこいであったことには安心したし、おかげで20数年後退職するまで、会社や組織に過剰な想像をすることはなくなった。
(彼らのうち数人とはすぐに友達になった。すぐに和解できるのが、若者のよいところである)

ただちょっとマズイな、困ったなと思った。
 まず「誤解される方も悪い」ということ︒それは、非常に重要な示唆だった。
 まるで「誤解した者勝ちじゃないか」とその場では承服しかねたが、今思えば「誤解した者勝ち」はコミュニケーションの重要な真理の一つだ。
(受け手がすべてを決めるのだ)

 そしてそれは巡り巡って、本書の主要なテーマとなっている。
 それにしても想像もできないような誤解も想定内に置いてコミュニケーションを考え進めなければならないとは、社会人生活は実にタフなものだなと驚いた。
(今もまだ上手くこなせないが)

 もう一つは「コミュニケーションは頼みもしないのに向こうからやって来る」という現実。そして実際そうなれば逃げることもできなかった。

 学生の頃ならば、コミュニケーションを避けられないのは担当教員くらいのものである(レポートや試験や出欠という「コミュニケーション」は避けられないから)。
 しかしそれ以外の人付き合いは任意だ。あらかじめ関係が定められているわけではないし、親しくするもしないも自分で選ぶのだ。嫌ならそうと断ればいい。

 ところが世の中には、頼みもしないのに関係性にはめられ、断れず、放っておいてもらえず、逃げられずというコミュニケーションがどうやらあるらしい、ということを知った。
(上司、クライアント、部下、仕事仲間、会議、組合、クレーマー、ママ友、政治、行政、NHKの集金人……今考えたらあまりに多いが)

「オレ、数個の関係性だけで生きていけるからいいっすよ」などとうそぶいていた若者は、すでにコミュニケーションの網に絡めとられてしまっていたようだった。

「自分から能動的に伝える」ということを心がけないと、またそれに必要な能力がないと、踏み込まれ巻き込まれ痛い目にあいかねないということだ。

 ほんとうの意味で、新しい場所に来たんだな、と思った。

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