どうやら夫が浮気をしているらしいんだよね、と学生時代の友人タナカが打ち明けてきたとき、私は確か帰宅途中のコンビニで買い物をしていた。10年近く前のことだ。タナカから深夜に深刻な電話など珍しいことだったので、よく覚えている。え〜、うわき〜、どうしたどうした〜、何が起きた〜私がちょっと浮き足立ったのは、すぐにタナカに伝わった。
「あんたさ、なんか、うきうきしてるよね」
「え......そんなことないよ」
「ま、いいけど」
タナカが言うには、夫が年上の女性に恋をしているのだという。しかもメールを盗み読んだところ、そこにはまったく別人格の男がいた。ママ〜、と女に甘え、ぼくちゃんはねぇ、みたいな感じのやりとりを嬉々としてやっている男がいたのだった。夫はその女性にのめりこんでいるようで金銭的な援助もしているのだと、タナカは言った。タナカと夫の間には子どもが生まれたばかりだった。
「いつから浮気してるのかは分からないけど......冗談じゃねぇよ!!」
ひとしきり叫んだ後、タナカは少し泣いた。悲しいのではなく悔しくてたまらないのだ、と。そりゃそうだ。タナカは子育てと仕事に追われる毎日。彼は接待だなんだと子育てにまったく関わろうとしないのに、自分が赤ん坊になって他の女性に甘えているだなんて。
......冗談じゃねぇよ!私もそう思った。彼は会社をいくつか経営していて裕福だったが、タナカ自身も大手企業で働いていて収入は十分にあった。もう離婚だ離婚だ!がんばれタナカ!私は一気に戦闘モードにはいった。
不誠実なマザコン男にかかずらってる暇はないよっ!子どもは保育園に預けられるよね?子育て手伝ってくれる人いるよね?タナカの年収いくらだっけ?600万?それじゃあ、すぐに別れられるじゃん!私も応援するよ!
離婚に向けたストーリー
それから私とタナカは約数カ月間、そんな話をし続けた。タナカが怒り、迷い、愚痴をこぼし、私が聞く。シングルマザーの情報を仕入れてきては彼女に伝え、行政の支援がどのくらいあるかなど、知り得ること全て伝えねば!と熱心に関わった。
そうこうするうちに、私の頭の中では一つのストーリーができあがっていた。タナカは金持ちの男と別れ、シングルマザーとしてがんばって生きていくのだ、私もタナカを支える人になるのだっ!それが子どもにも、タナカにも、素晴らしい人生の転機になるのだっ!私は、タナカの人生を勝手に方向付け盛り上がっていた。
そんなある日。気がついたら、タナカからの電話が来なくなっていた。あれ?どうしたのかな?と思いつつ電話をかけたが、タナカは電話に出なかった。いつもはすぐに折り返される電話もなかった。
そして数日後、タナカからきた連絡は衝撃だった。
「ごめんね電話できずに。......いろいろあったけど、彼とがんばることにしたよ!」
......え?何それ......。
咄嗟に声が出なかった。あれほど話したのにっ!あれほど男に頼らないで生きていくって言ってたのにっ!という声を飲み込んで、一応聞いた。
「そうなんだ。どうして?」
「やっぱり、経済的なことは大きい。自分だけの年収で、今の生活は維持できないもの。だったら子どものためにも目をつむろうと思う」
「......彼はなんて?」
「彼女とは別れさせたよ。あと、車、買ってもらった。それで、ま、許した......」
「ふーん」
明らかに意気消沈している私に、タナカはさらに追い打ちをかけた。
「正直に言えば、みのりと話してると、男と別れられない自分が、だめな女に思えてきて辛かった。話聞いてくれて助かったけど、みのりの話を聞いてるのが辛い時もあった......」
......そうなんだ。彼とよりを戻す、と言われたことよりもさらに強く殴られたような気持ちになり、私は黙った。何を言っていいか分からないまま、気がついたらこう聞いていた。
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