ここ最近、なんだか気持ちがソワソワして落ち着かない。
その理由を考えてみて、「下山シーズンだからだ!」と思い至った。
多くの山小屋は通年営業ではないので、スタッフは11月(山小屋によっては10月)になると下山する。
下山前は、学園祭の準備で通常の授業がつぶれるときのような感覚がある。
小屋を閉めるためにいつもとは違う業務をするので、非日常感がハンパない。加えて、営業終了後はお客様がいないからやりたい放題だ。
みんな、「もうすぐ下山!」という解放感に溢れ、端的に言ってはしゃいでいる。けれど同時に、「もうすぐ下山……」と思うと寂しくて切なくて、気持ちの振れ幅に困ってしまう。
山小屋を辞めた今でも、11月は楽しくて切なくてソワソワする。どうにかしてほしいくらいだ。
下山前の大仕事「小屋閉め」とは?
スタッフは営業最終日の数日後に下山する。
その数日間に何をするのかというと、「小屋閉め」だ。
冬の間、山小屋は無人になる。そのため、建物を雪害や野生動物から守るべく、さまざまな作業をするのだ。
たとえば、雪害対策。
立地にもよるけれど、山小屋は真冬になると建物の大半が雪に埋まる。そのため、建物が雪の重みでつぶれないよう、窓に木の板を打ち付けたり、サポート(鉄製の支柱)を小屋のあちこちに立てたりする。
また、食料を残していくと野生動物に食い荒らされてしまうので、越冬(山小屋に置いたまま冬を越すこと)させる保存食や調味料の保管も厳重に行う。
そして、野生動物の糞尿に汚染されないよう、小屋中のありとあらゆるものをビニール袋かブルーシートで包み、あらゆる扉をガムテープで目張りする。
最初にこの光景を見たときは「やりすぎでは」と思った。ビニールやガムテ、なにより労力がもったいない。
しかし、実際に食料が野生動物に食い荒らされていて片づけが大変だった……という年もあり、小屋閉め作業の重要性を思い知った。
食べ物を食われるくらいたいした損害じゃないと思うかもしれないけど、食べ物があると住みつかれるので、糞尿の始末が大変なのだ。
小屋閉め作業はそれだけではない。半年後の自分が忘れていることを見越して、さまざまな申し送りをしたりもする。
そのため、春になって山小屋に戻ってきたとき、半年前の自分から「このドリンクは賞味期限切れだからスタッフで飲んでね!」などといった申し送りを受け取る。
どう見ても自分の字なのに(なんなら書いた記憶すらあるのに)、教えてくれてありがとう、と思う。
へんてこな話だ。
お客様がいないからやりたい放題!?
小屋閉め作業は、営業中も少しずつ進める。
だけど、お客様がいないときにしかできない工程も多く、営業終了後の数日間はスタッフ総出で小屋閉め作業にあたる。ラストスパートといった勢いだ。
小屋閉めはなかなかの重労働なのだけど、なんだか非日常感があって楽しい。
営業がないから、食事出しや掃除といったいつものルーティンから解放される。
また、雨戸を打ち付けてしまうと小屋の中が真っ暗になるので、昼間も電気をつける。それがなんだか、学芸会のときの体育館みたいで非日常感を煽る。小屋のあちこちに見慣れない柱(サポート)が立っているのも、舞台セットっぽくて新鮮だ。
それに、お客様がいないからやりたい放題できる。
ある年、「お客様がいないってことは自分の部屋で寝なくてもいいんだ!」と思い至り、毎晩いろいろな場所で寝てみたことがある。
すべての客室をひと通り試し、最終的には食堂に布団をしいて寝てみた。解放感があり、とても良かった。
また、小屋閉めの際はひとつの部屋に小屋中の布団を集めるのだけど(小屋の造り上、その部屋がいちばん湿度が低い)、積み重ねられた布団と布団の隙間で本を読むのがなにより至福だった。
たまに、布団部屋の前にスリッパがあることを不審に思ったスタッフが室内をのぞきこみ、私を見つけて「うわっ! びっくりした!」と声を上げる。
座敷わらしって、昔の人が私みたいなヤツを見間違えたのかもなぁ……と思う。
最後のヘリと最後のパーティー
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