女の友情は男によって引き裂かれるか?

独身、既婚、子持ち、子なし、お金持ち、貧乏、美人、不美人…。ちょっとの「違い」ゆえに、時々ぶつかる私たち。それでも、男には絶対に見出せないものが、女の友情にはあるーー。

「女友だち」の新しいカタチを描く北原みのりさんのエッセイ『メロスのようには走らない。〜女の友情論〜』を特別公開します。

 小説やドラマなどでよく描かれる光景として「一人の男を取り合って、女どうしがどろどろに争う」というのがある。「女は友だちより男を取る生き物」と言いたがる人もいるが、果たして本当にそうなのだろうか。

 「素顔のままで」というドラマが大ヒットしたのは1992年のことだ。北川悦吏子さんの出世作ともなった作品で、男一人を巡る女の友情が描かれていた。図書館に勤める安田成美と、ダンサーを目指す中森明菜の出会いと別れ、そして再会。女どうしが運命的に出会い、傷つけ、互いに壊れ、でも求め合わずにはいられない、そんな熱い友情に、当時の私は夢中になった。

 私は大学4年生だった。そして、すでに"そんな友情"を十分に味わい、知っていた。だからこそ自分と彼女に起きたことを反芻するかのように、また癒しを求めるように、テレビの前に釘付けになったことを覚えている。

鋭く的確な女友達と東大生の男の子

 リエコとは、大学1年生の時に同じゼミだった。タイトスカートにパンプス、いつもシルクのスカーフを肩にかけている大人びた雰囲気の女の子、ゼミの先生も一目置く優秀な頭脳で、当然ながら成績は常にトップだった。

 私との共通点はあまりなかった、というよりまったくなかったのだけれど、なぜか私たちは気が合い、気がつけば毎日のように一緒にお茶をし、毎日のように長時間語り合い、強く求め合った。打てば響くようなリエコとの会話は、他の全てをおいても優先したいほど、私には楽しかった。

 デートする男の子は必ずリエコに紹介していた。彼女が彼らを無条件に絶賛することは皆無で、だいたいの場合「悪口じゃないわよ、これは批評よ」と言いながらその人をバッサリと斬るようなことを言う。それがたとえ自分の好きになった人でもリエコが言うと「そうそうそう、確かにそうなのよ」と笑えるほど、語彙が豊富で表現が豊かで、もっと聞かせてよ、という気分になるのだ。会話も、人物批評も、勉強の仕方も、洋服の選び方など全てにおいて「鋭く的確」、リエコはそんな人だった。

 ある日、私は一人の男の子をいつものようにリエコに紹介した。真剣に好きになりかけていた男の子だった。弁護士を目指してる東大生で、だけど派手な雰囲気で、だけど難しい言葉をいっぱい知っていて、と、そんなことで「ぽぉ〜」となってしまう時代が私にもあったのだ。構造主義がぁとか、ソシュールがぁとか、大学生がそんなことを語ってふむふむほぉほぉ、なんてやりあうのがカッコイイとされていた時代だった。

 で、そんな彼を私はリエコに会わせた。そしてその瞬間に、おっと!というような危険を感じた。なんていうか、言葉がこれしか浮かばないのだけど、二人はピッタリ!だったのだ。彼が言うことのほとんどが頭に入らないまま「ふーむ」と聞いている私と違い、リエコは彼の語ることを100%分かって、というより恐らく彼以上に分かっている調子で楽しんでいた。彼もそんなリエコとの会話にはずんでいるように見えた。おーい誰か二人の言ってること翻訳してくれよぉ!という気持ちを抱えながら曖昧に笑いその場にいる私......。どういう心境か自分でもよく分からないまま、私は彼と会う時はリエコを誘うようになった。

 二人へのコンプレックスがあったのかもしれないし、リエコが混じったほうが三人が楽しくなるようにも思った。私たちはだいたい三人で会い、三人でご飯を食べるようになった。彼と二人きりになるのは、リエコと別れた後にセックスをするためだけだった気がする。

三人で和やかなクリスマスのはずが

 ある日、私の部屋に二人を呼んだ。確かクリスマス前後で、私たちはケーキを食べ、コーヒーを飲んで、三人で和やかな時間を過ごすはずだった。が、私がコーヒーを入れた時に二人が同時に「薄い」という顔をしたのだった。いや、それはたぶん私の被害妄想なのだと思うけれど、なぜか理由が分からない強い感情で、「二人は同じことを思っている!」と思い込んだ。

 そう思い始めると、もう止まらなかった。二人は通じ合っている、私がこの場からいなくなれば、二人はもっと楽しくなるんじゃないか?という暗く重い念から抜けられなくなり、私は自分の部屋に二人を残して、「ちょっと散歩に行ってくるね」と外に出てしまったのだった。

 どこをどう歩いたのかまったく覚えていないけれど、数時間歩き回り部屋に戻ってきた時には、二人はやっぱりいなかった。暗い部屋に電気をつけずに入ったら、机の上には二人の使ったコーヒーカップと、リエコの字で書かれた「帰るね」というようなメモが置いてあった。

 ものすごーく悲しかった。っていうかカップ洗えよ!と心の中で二人を罵りながら、ベッドにどかっと横になった。そして分かっていたことだけれど、私は確かめたのだった。終電が終わる時間に、順番に、彼の家、リエコの家に電話をかけたのだ。もちろん、二人が電話に出ることはなかった。

 あれは1989年の12月!とハッキリ覚えているのは、その年の大晦日にリエコと東京ドームの年越しライブに行く約束をしていたからだ。だいぶ前からリエコが好きなブライアン・アダムスを一緒に見て一緒に年を越すのだ!と盛り上がっていた。しかしこんなことが起きた以上、私はどうやってリエコと顔を合わせばいいのか分からなくなった。リエコはどうやって「言い訳」してくるのだろう?というか、ブライアン・アダムスなんて聞きたくないよ!と、ブライアン・アダムスまでの約1週間を、私は悶々として過ごした。

募る焦燥感

 そして大晦日の日、東京ドーム。とにかく会って話さないことには始まらない、と私は重い腰を上げ、待ち合わせの場所に向かった。そして現れたリエコはといえば、まったくもってフツー......フツーどころか、ブライアン・アダムスのことしか頭にないっ!という感じで私ににこやかな調子で話しかけてきたのだった。まったく罪悪感を感じていなくて何のわだかまりもないことが、その調子で分かった。勘の鋭いリエコが、私が気がついているということを気がつかないはずがなかった。それなのに、その態度?リエコの明るさに衝撃を受けたまま私は東京ドームに入った。

 とはいえやはり、テンションの高いリエコとブライアン・アダムスに包まれるのは耐えがたい時間だった。せっかくリエコが取ってくれたアリーナ席だが、私はコンサートが始まった直後に、駆け出すように会場を飛び出したのだ。リエコには何も言わず、無言で飛び出した。

 意味分からない!なんでなんでなんでだ!頭ががんがんした。人生最悪のお正月だった。19歳にして本格的な失恋と最も濃厚だった友情の喪失を味わったのだから!しかも、親友は謝ろうともしない。

 さらに彼からは連絡がない。いったい、どういうことなんだよぉ!と叫びたい思いだが、全て無駄吠えだ。こんな状況は受け入れがたいし認められない、だけど自分が惨めになるのはもっとイヤだ!という底なしのネガティブ思考ループにはまり込みながら、それでも、と私は二人に改めて電話をすることを決めた。 まずは二人の説明と釈明を聞かねば!リエコにも彼にも謝ってもらわねば気が済まない!という怒りを持って、私は二人にそれぞれ電話をしたのだ。

 まず彼、からだった。

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メロスのようには走らない。〜女の友情論〜

北原みのり

独身、既婚、子持ち、子なし、お金持ち、貧乏、美人、不美人…。ちょっとの「違い」ゆえに、時々ぶつかる私たち。それでも、男には絶対に見出せないものが、女の友情にはある。「女友だち」の新しいカタチを描く、北原みのりさんのエッセイです。

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コメント

okogetaberu |メロスのようには走らない。〜女の友情論〜 めちゃくちゃ好きな関係性だ https://t.co/xiUcE0ss0S 13日前 replyretweetfavorite

kumaguma8 泣いた😭! 13日前 replyretweetfavorite

6manga6kissor6 心を揺さぶられる文章だった 13日前 replyretweetfavorite