電気サーカス 第97回

真赤から別れを切り出されて茫然自失になった“僕”は、彼女の自宅を訪ねてしまい、家族や友人を巻き込む騒ぎを起こす。一時は自殺を試みるほどひどく落ち込んだが、働く気力が出て来るまで回復。以前の職場に復帰が決まり、挨拶に向かう。

 ミタ君は久しぶりに見ても目の覚めるような美男子で、僕の姿を見つけると嬉しそうに微笑んだ。
「すぐ書類を片付けますんで、煙草でも吸いながら待っててくれませんか?」
 彼の言葉に僕は頷きを返すと、言われた通り喫煙所で彼を待った。
 ポケットに入れたロングピースのソフトケースがしわくちゃになっている。折ってしまわないように慎重な指先で最後の一本を取り出し、伸ばし、咥え、そして火をつけた。ピース特有の甘い香りのする煙を肺に吸い込むと、成分が脳に効くのを感じる。最近は煙草も節約しているので、たまに吸うと効き過ぎてしまう。
 吸いながら、中学生の時に見せられた、喫煙者の肺の解剖写真を思い出す。まるでヘドロにひたしたバスケットボールのように、ざらざらしたオレンジ色の肺に、黒く不潔に汚れたタールがこびりついていた。
 その空気清浄機は、灰皿も一体化したテーブル型のもので、吸いさしの煙草をその灰皿の部分に置いてみると、立ち上った副流煙を勢いよく吸い込んだ。その吸い込む様子を何気なく眺めていると、ミタ君が大股でやって来る。
「お久しぶりです。相変わらず痩せてるみたいですけど、お元気ですか?」
「うん、まあまあ。ミタ君は?」
「おれは体が丈夫ですからね。あ、ライター借りていいですか?」
 頷きを返すと、彼は清浄器の上に置いていた僕の百円ライターに手を伸ばし、マイルドセブンに火をつけた。
「いまはここのエースになったって部長から聞いたよ。凄いものだねえ」
「そんな、大したものじゃないですよ」
 ミタ君は照れ隠しに笑うと、
「聞いたかも知れませんけれど、新しい拠点を立ち上げて、ベテランの人たちがごそっと異動したんですよ。それで運転出来るのがおれくらいになったから、自然と大物を任されるようになって。……でも、車でまわるのは本当に楽ですよ。おかげで、少し太っちゃいました」
 彼はそう言って、傍目には以前と少しも変化のない自分の腹を叩く。
「人手不足だって、アライさんも言ってたよ」
「そうなんです。新人もなかなか定着しないんです。でも水屋口さんが戻ってくれたなら安心ですね」
「そんな大したことは出来ないよ。レーザープリンターしか扱えないし」
「水屋口さんならすぐに覚えますよ。そんなに難しくないですし。そしたら、すぐにおれのこと追い抜かしますよ」
「それはかいかぶりすぎだよ」
 僕は肩をすくめて、
「でも、そんなに人がいなくなっちゃったのか。キサラギさんとかももういないの?」
「はい。コダマさんとか、ヤオイタさんも異動しましたよ」
「モトヤマさんは?」
「水屋口さんの少し後に辞めました」
「アラガキさんは?」
「います。ヤオイタさんも居ます」
「そうなんだ。確かに大分かわったな」
「まあ、また会えますよ。そうだ、真赤ちゃんは元気ですか?」
「どうだろう。もう連絡もとってない」
「えっ! そうなんですか。残念だなあ」ミタ君は眉をひそめて、「じゃあ、今は彼女いないってことですか?」
「うん。ミタ君は彼女いるの?」
「ええ、まあ。……でも、それなら、水屋口さん、休みの日は時間あります? あるなら、フットサルやりましょうよ。結構前からみんなで集まってやってるんです。楽しいですよ」
「ああ、あの話、結局実現したんだ」
 僕は言って、吸い終わった煙草を灰皿の上で潰し、そのまま吸い殻入れに落とした。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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