鉄平 23歳
(アカウント:圭太
「ストナン/ネトナン/ティンダ―/ナンパ/主戦場は獅子と犬/ナンパ師の方、絡んでください!」)
「いつもどこにいますか?」
「新宿の駅ビルの中で働いています」
「仕事は何時くらいに終わりますか?」
「早番・遅番まちまちですけど、今日は22時に終わります」
「結構遅いんですね」
「早番の日は19時上がりなんですけどね。お休みも不定期です」
質問ばかりで、まるで尋問みたいだ。 正直ちょっと面倒だったけれど、顔も知らない男にナンパのやり方を教えるよりはずっといい。出会い系で会う女の子とのテンプレートな会話には少し飽き始めていた。
名前を聞いて、職業を聞いて、趣味や好きな映画を聞いて、お互いの顔写真を褒め合って……模範解答の半分はもうユーザー辞書に登録してあって、コピペで全部送ってる。それで、やりとりがうまく続いた女の子とだけ会うようにしているのだ。効率がいい代わりに思い入れも薄い。
休憩室は、誰かが食べたマックのポテトの匂いで充満していた。
ハロウィンは、絶好のナンパチャンスだというのにあいにく遅番。
休憩時間に、ツイッターに上がってくるはじけたコスプレ勢の写真を見ながら、世の中から置いて行かれた気分を味わっていると、同僚の女の子が「メイクしてあげるよ」と言って自分のメイク道具で俺を女に仕立ててくれた。
ニキビ跡をコンシーラーという、肌色のクレヨンのようなもので丁寧に塗ってくれて、目元にはラメの入ったブラウンのアイシャドウ。大きなブラシで、なでるようにピンクのチークをつける。安物のブラシのせいか、頬に触れたブラシの毛先がつんつんとしたけれど、気分が良かった。
隣のレディースブランドの店員に頼んで、マネキンのウィッグも貸してもらう。話したことはなかったけれど、「ハロウィン用の写真を撮りたくて」と言うと、「すぐに返してくれるなら」と割とあっさり請け負ってくれた。
メイクの力と、ウィッグでなかなかの美女に変身。すかさず自撮りをしまくる。自分で言うのもなんだけど、結構イケてる。ささやかながら、ハロウィンの思い出が出来た。
同じく遅番だった同僚の海斗もメイクをしてもらった。
海斗は、「どうせやるなら派手にしたい」と言って、ギラギラしたピンク色で目を囲った。濃い口紅を塗ると、途端に変装感が出る。
一緒に肩を組んでスノウで写真を撮った。フィルターを通すと余計に美女感が増す。
ウィッグを返しがてら近くの店舗の人にあいさつに行くと可愛いですねと笑ってもらえた。その笑顔を見ながら、俺は、こいつは、セックスの時はどんな顔をするんだろうという想像をした。試しに口説いてみようかと思ったけど、失敗した場合、リアルに職場に通いづらくなるだろうからやめておく。そのリスクを背負ってまで口説きたいような容姿ではない。これくらいの外見の女はティンダーに腐るほどいるのだ。それにしても、女を見ると、ヤることばかり考えてしまうってやばいな。末期だな。
帰宅のためにほんの数分でメイクはつるっと洗い流したけれど、写真を改めて見ると笑えた。
自分でいうのもなんだけど、俺は目の形がいいから、女装が結構似合う。これでティンダーに登録したら意外と男が釣れるんじゃないだろうか。いたずら心がむくむく湧き上がり、つい裏アカにつぶやいてしまった。
「女装したらクッソ盛れたwwwウケる。この写真で男ひっかけてみてえなー」
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