柳井政和「レトロゲームファクトリー」

柳井政和「レトロゲームファクトリー」第37回

レトロゲームを最新機用に移植する会社「レトロゲームファクトリー」。社長の灰江田直樹とプログラマーの白野高義(コーギー)は、ファミコン時代の名作「UGOコレクション」全十本の移植という大きな依頼を受ける。ただ、実現には大きな障害があった。それは最後のゲーム「Aホークツイン」の権利のみを買い取った開発者の赤瀬裕吾が行方不明なこと。二人が必死に見つけ出した赤瀬は、移植許可の交換条件に「完璧なAホークツイン」の復元を提示した。復元に挑む灰江田たちだったが――。
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 電車を乗り継いで東京の大田区に向かった。大田区産業プラザPiO。駅からほど近い施設では、中小規模の同人イベントがよくおこなわれている。コーギーが誘ってきたゲームタイムマシンは、二階の四百平米の小展示ホールを利用して開催されていた。
「けっこう混んでいるな」
 会場を見渡して灰江田は言う。屋台が連なるように長机が並んでいる。長机一つに、一から二サークルが入り、展示や即売をおこなっている。MSXやPC‐8800シリーズ、ぴゅう太などの実機が置いてあり試遊できた。ファミコンやスーパーファミコン、セガサターンの展示や、ソフトの販売もある。変わったところではオシロスコープで遊ぶゲームもあり目を引いた。
 会場は熱気に包まれている。電子音や呼び込みの声、サークル出展者と来場者の談笑。耳に飛び込む音を聞きながら、灰江田は頬をゆるめた。
「燃えプロか。確かリメイク版が出ていたな。こっちは、いっきか。懐かしいな」
 かごに詰め込まれたファミコンのカセットを手に取る。すべて百円から二百円で投げ売りされている。チャレンジャー、キン肉マン マッスルタッグマッチ、熱血硬派くにおくん、その他にもいろいろある。一つずつコーギーに説明しながら、ドットイートで見たことのないゲームは購入した。
「灰江田さん、こちらです」
 コーギーに腕を引かれて、数軒先のサークルに行く。そこではファミコンの新作同人ゲームが売られていた。むき出しのカセットと、コピー用紙に印刷した説明書。それらを透明セロファンの袋に入れて置いてある。このサークルのメンバーたちが自主制作したものだと、コーギーが説明してくれた。
「すげえなあ」
 サンプルの説明書を広げて読みながら、灰江田はつぶやく。
「他にも、古いマシン向けの新作ゲームが、ちらほらとあるんですよ」
 コーギーは楽しそうに言った。
「僕は、レトロゲームをリアルタイムに体験していないじゃないですか。だから、こうした新作が発表される場には、足繁く通うようにしているんです。
 レトロゲームって、シンプルなアイデアとグラフィックスで成り立っているものが多いですよね。そういうのって、いまでも価値があると思うんですよ。なんというか、ミニチュアみたいな面白さがあるというか。日本の文化だと盆栽とかですかね。大きくリッチに作るだけが楽しさの方向性じゃないと思うんです。そりゃあレトロゲームは、当時の制限の中でリッチな作品だったはずです。でも、いまではかなり簡素な部類に入ります。そうしたものを愛でる文化があってもいいんじゃないですか」
 コーギーは嬉々として語り、新作同人ゲームを購入する。
 灰江田は大きく息を吸い、周囲を見渡した。来場者はほとんど四十代、五十代の男性だ。その中に、砂金のようにわずかだが、若い人の姿もある。そして数組ではあるが子連れもいた。そうした若者や子供たちは、古いゲームをいまのゲームとして楽しんでいた。
 時代が変わったのだなと灰江田は思う。インターネットが発達して、新しいものと古いものを、同じ土俵で享受できる環境になった。好奇心さえあれば、いつのものでも、いまのものとして触れられる。自分が育った時代とは違う世界が構築されている。
「ここは、僕にとっての教会なんですよ」
 コーギーは笑顔で言った。仲間が集い、心の安寧を得る場所。定期的に通う先という意味もあるだろう。
「人はそれぞれ、自分の人生で出会ったなにかに心惹かれる。そうしたものを楽しむ権利を持っている。僕にとってそれはレトロゲームだったんです。灰江田さんにとってレトロゲームはなんですか」
 コーギーの言葉に、灰江田は胸を突かれた。自分は過去にとらわれているのではなく、自分がよいと思ったものを楽しんでいる。そうした考え方もあるのかと、灰江田は気づく。
 悩みが霧散した気がした。橘にかけられた呪いが解けたように思えた。最新の技術を追い、売り上げを追求するだけが人生ではない。自分にとってなにが大切なのかを考え、それに従って生きる。与えられた価値観ではなく、選び取った価値観を信頼する。
 自分は迷っていたのだ。そして自信を失っていたのだ。灰江田はコーギーに、自分自身の価値観を持つことの重要さを教えられた気がした。
「俺にとってレトロゲームは、人生の道しるべかな」
 灰江田の答えに、コーギーは満足そうにうなずいた。

 一時間以上かけてブースを見て回ったあと、イベント会場の部屋を出た。灰江田とコーギーは、一階の自販機の前で休憩する。二人は缶コーヒーを買って、渇いた喉を潤した。
「灰江田さん、ちょっといいですか」
 コーギーが、人のいないフロア端を指差す。なんだと思い、灰江田は一緒に移動した。
「実は今日、ゲームタイムマシンに一緒に来てもらったのは、相談したいことがあったからです」
 灰江田は緊張する。やはり袂を分かつという話か。その場合は引き留めることなく、笑顔で送り出さなければと、自分に言い聞かせる。
「なんだ。なんでも聞くぞ。どういう話なんだ」
 極力冷静を装い声をかける。
 コーギーは一呼吸置き、話題を切り出す。

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新潮社
2018-05-18

この連載について

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柳井政和「レトロゲームファクトリー」

柳井政和 /新潮社yom yom編集部

失踪した伝説的ゲームクリエイターの謎を追え――。 『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』で小説家デビューを果たした プログラマー・ゲーム開発者が贈る、本格ゲーム業界小説! 電子書籍文芸誌「yom yom」に...もっと読む

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