引きこもり系作家が主張する新しい時代の出版社とは?

【第10回】
「出版社はプラットフォーマーとしての自覚が足りないんです! 本というコンテンツを読者というユーザーに届けるのが出版社の仕事のはず」
漣野の主張にタジタジの枝折。漣野は出版社ができない仕事を自分が肩代わりすると言うのだが……。

文学少女が編集者として一人立ちしていく姿を追いながら、変貌する出版界の明日を占うお仕事小説!

◆引きこもり系作家が語る新しい時代の出版とは?

 席に着いた枝折(しおり)は、南雲(なぐも)と漣野(れんの)が送ってきた企画をもとに、こちらとして書いてもらいたい内容とのすり合わせをおこなう。

 南雲は小説家としてデビューする前、官能小説雑誌の編集をしていた。枝折は南雲に、その時に担当していた小説家のうち、のちに一般文芸に移って成功した人たちのことを書いて欲しいと伝えた。少しでも売れるように、読者へのフックを増やしたいからだ。
 しかし南雲は、実在の人物は出したくないと答え、違う企画を複数送っていた。

 漣野には、電子書籍専売とBNB専売の二本の小説を依頼している。電子書籍専売については、これまでの漣野の作品に加える、売れると思われる要素を複数提案していた。しかし漣野も、枝折の案を拒絶して異なる企画を出していた。

「南雲さん、漣野さん。電子書籍として出す本は、可能な限り売れるものにしたいです。そのために、より販売に繫がりやすい内容にしていただきたいのです」

 自分の企画には自信がある。そしてメールで何度もやり取りをした。しかし編集者と作家のあいだの溝が埋まる気配はなかった。

 だいぶ、こじれている。こちらが望んでいるものと、南雲や漣野が書きたいものが一致していないためだ。枝折は自分が用意した企画を、実売データの数字とともに説明する。芹澤(せりざわ)と会って以来訓練していた成果を反映したものだ。

 熱意を込めて語る枝折とは裏腹に、南雲と漣野の反応は鈍い。しばらく枝折だけが話し続けたあと、漣野が話を遮った。

「もしかして春日(かすが)さん、自分の仕事を勘違いしていませんか。いや、春日さんだけではないです。そちらの会社全体の問題ですが」

「どういうことでしょうか漣野さん。教えていただけないでしょうか」

 不満があるのなら吐き出させた方がよい。その上で、一つ一つ取り除いていこう。そう思い、漣野に先を促す。

「春日さんも含めてお宅の会社は、コンテンツを届けるプラットフォーマーとしての自覚が足らないと思うんです」

「プラットフォーマーですか」

「ええ。プラットフォームビジネスという言葉を、春日さんはご存じですか」

「すみません。あまり詳しくは知りません」

 漣野はうなずき語りだす。

「この言葉は、コンピュータ業界でよく出てくるものです。一番分かりやすいのは家庭用ゲーム機です。ハードやマーケットを用意して、その上で商売をおこなえるエコシステムを作る。
 最近では、モバイルにおけるアップルやグーグル、そしてアマゾンなどの電子書店が当てはまるでしょう。そうした商売の場所を提供する側がプラットフォーマー、参加する側がプレイヤーと呼ばれます。
 僕たち物書きは完全なプレイヤーです。しかし出版社は違います。電子書店に対してはプレイヤーですが、作家に対してはプラットフォーマーです。プラットフォーマーはプレイヤーに対して、そこでビジネスをするメリットを、提供していかなければなりません。
 誤字脱字を直し、事実確認をして適切な編集をおこない、作品の質を確保する。これも大切な機能です。そうすることで粗製濫造を避け、読者の信頼を得て、安心して購入可能にしているわけですから。
 しかし、なによりも重要なのは、そこに商品を出せば売れる、そしてユーザーにコンテンツを届けられるという機能です。
 出版社は販売力を持った組織です。書店に通う営業部隊を抱えて、書店の棚を確保しています。書評家や発信力のある人間にもパイプがあります。また、自社で作っている雑誌で宣伝もおこなえます。新聞や電車に広告を打つ資金力もあります。
 こうした点から僕は、出版社をプレイヤーでありプラットフォーマーだと定義しています。
 IT系のプラットフォーマーには、今挙げた品質維持機能や販売頒布機能以外にも、有用な機能があります。そして出版社には、その機能が大きく欠けています。それはツールや情報の提供です」

 まるで有能なビジネスマンのようだ。引きこもりの青年文士。そうした印象の漣野に、こうした側面があったことに枝折は驚く。

「たとえば世界最大のPCゲームプラットフォームであるスチームには、キュレーターコネクトという機能があります。
 スチームでコミュニティを運営している発信力のある人に、ゲームのサンプルを無料で提供してレビューを書いてもらうという機能です。
 スチームを利用するゲーム開発者は、この機能を自由に使えます。ジャンルごとのキュレーターを探して、メッセージとともにサンプルを送れるんです。キュレーターの実績や活動内容も詳細に確認できます。
 こうした機能を出版社に当てはめるなら、メディアや書評家への献本を、著者が利用可能なツールとして、オープン化しているのと同じです。
 現状、献本については、リストをやり取りすることで送付を依頼できます。しかし、他の作家が送った結果は確認できません。また、過去にどういった系統の本が取り上げられたかも分かりません。
 もし知ろうとすれば、自分で調べる必要があります。こうした情報は、データベース化して著者に公開してもよいはずです。
 販売機会を広げるという意味では、グーグルがアンドロイドで提供しているモバイル広告が一つの例になるでしょう。
 アプリの開発者は、自身のアプリに手軽に広告機能を追加できます。広告は、アプリの下部や上部に表示されます。全画面広告もあります。
 この広告システムに、プラットフォームの利用者は自由に参加できます。自分の広告を、他のアプリに配信できるんです。
 これは、文庫本の巻末の宣伝ページを自由入札にするようなものです。また巻末でなく章のあいだに広告を入れてもよいでしょう。リンクをタップしたら、直接その本の販売ページに誘導することも、電子書籍の仕組み上可能です。

 また、印税率の調整により露出プランを選べるようにするのも一つの手です。無名の新人作家が読まれる機会を増やしたいなら、印税率を下げることで露出を増やす。

 印税率を下げるのは作家が反対すると言うかもしれませんが、そうではないと思います。どうせ執筆期間を時給に換算すれば最低賃金以下にしかなりません。それならば広告に、お金を回すのも一つの手です。実際に、そうしたことを自前でおこなっている作家もいます。
 さらに、プラットフォーマーにはマーケティング情報の提供という重要な機能もあります。どういったアクションを取ったことで、どのようなフィードバックがあったのか可視化する機能です。
 ダウンロード販売をおこなっているIT系のプラットフォームでは、販売が一本単位で日時まで表示されます。また、どの地域の人が、どういった流入経路で購入したかまで分かることもあります。
 そうしたデータをもとに、プラットフォームの利用者は次の商品の企画をしたり、既存の製品の改良をしたりします。
 しかし出版社は、こうした情報を利用可能にしていません。これは出版社がプラットフォーマーとして、いかに遅れているかの証拠だと言えます。
 出版社は、ネット以前の発想で止まっています。本を書店に並べれば売れる時代は終わっているのにです。
 ネットが情報流通の主戦場になった現代では、これまで以上に、商品には個別の売り方が求められます。しかし出版社には、売れ筋の本以外に人件費をかける余裕がありません。そして、販促を著者のツイッターなどに期待している有様です。
 それならば権限を委譲して、作者が使えるプラットフォームとして生まれ変わるべきです。出版社の本来の仕事は、原稿を読者に届けて継続可能な収益を上げることです。そのために最大限の努力をしないのは罪深き怠慢です」

 漣野は淀みなく、現在の出版ビジネスの問題点を指摘する。
 枝折は漣野の知識に驚く。ただ小説を書くだけの人間ではない。ビジネスとして、本を出すことを俯瞰して考えている。

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#電書ハック

柳井政和

小説が好きで出版社に就職した春日枝折だったが、配属されたのは電子書籍編集部。 紙の本から戦力外通告を受けた老作家、ネット民には刺さる準引きこもり作家、紙の本には目もくれないデジタル電子書店員たちとの出会いに戸惑う枝折。 やがて作家たち...もっと読む

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