官能系老作家と引きこもり系青年作家が急接近。何かが起こる!?

【第9回】
なじめない電子書籍の仕事にストレスマックスの枝折は、親友の弥生とヤケ酒をあおるのが唯一の気晴らし。ある日、枝折の勘違いから官能系作家の南雲と引きこもり系作家の漣野の打ち合わせがバッティング、狼狽する枝折だが蓮野はどうせなら二人一緒でと提案し、南雲もそれに同意する。

文学少女が編集者として一人立ちしていく姿を追いながら、変貌する出版界の明日を占うお仕事小説!

◆時間兵と電子の戦場

 金曜日の二十二時。枝折は大学時代から住んでいる部屋で、クッションに鉄拳を叩き込んでいた。
 社会人になって二ヶ月近くが経過した。一言で言えばストレスマックス。詳細な言葉で語るなら、精神的な抑圧が肉体の不調を誘発しかねない状態になっている。

 スマートフォンが鳴った。
 画面を見る。弥生からだ。そういえばゴールデンウィーク以来、顔を合わせていない。ストレスも溜まるはずだ。

「なあ枝折、飲みに行かないか」

「行くわ。どこにでも行く。月でも太陽でも、ロケットに乗って行ってあげる。私は今、現実逃避したい気分なの」

「よし、それなら信州に集合だ。朝まで飲み明かしてもいいぞ。というか飲み明かそう」

「分かった」

 スマートフォンを鞄に放り込み、外行きの服に着替える。枝折はアパートを出て、サンダル履きで夜道を駆ける。
 信州に着いた。勢いよく引き戸を開ける。

「らっしゃい」

 店長の声が響く。店内は半分がテーブル席で、残りが座敷席。その畳敷きの席が、枝折と弥生の特等席になっている。

 弥生は既に来ていた。シャツにスキニーパンツという出で立ちで、生ビールのジョッキを持っている。枝折は弥生の向かいに座り、ビールを注文する。

「弥生、あんた、またピアス増えたんじゃない」

「社会人デビューという奴だよ。大学生までの私は、初心な乙女だったからねえ。あんな可憐だった私が、こんな色に染まるなんて」

 どの口がそんな台詞を言う。

「それにしても早かったな、ここに着くの」

「高速で来たわよ。たっぷり溜まった愚痴を聞いてもらおうと思ってね」

「だいぶ溜まっているみたいだな。聞いてやるよ。さあ、話せ」

 枝折は今週会った有馬の話をする。眼鏡アルパカといった容姿だけでなく、その言動や態度についても大いに非難して同意を求めた。

「なんか、すごいのに当たったみたいだな」

 さすがの弥生もドン引きしたようだ。

「あの人、完全に頭おかしい系よ。取引先の担当相手に、初対面で振る話? よくもまあ、あれで社会人やっていると思うわ」

 自分より遥かに経験豊富な相手を捕まえて非難する。

「それで、その眼鏡アルパカ氏は、仕事はできるのか?」

「滅茶苦茶有能だそうよ」

「あちゃー、それじゃあ新人の枝折は太刀打ちできないな。ご愁傷様」

 弥生に一刀両断されて、ぐぬぬと声を漏らす。

「はあ、本当に世の中思うようには、いかないものよね。希望していた出版社に入れたと思ったら、電子書籍の部署に配属されるなんて」

 生ビールが来た。一口ぐびりとやって、弥生の言葉を待つ。

「紙の本は、まったく作れないのか」

「実はね、紙じゃないんだけど、電子書籍専売のレーベルを作ることになったの」

 枝折は手短に経緯を話す。

「癖のある二軍選手を集めて一軍と勝負か。面白そうだけど大変そうだな」

「前途多難よ」

 座卓に片肘を突き、ぶーたれた顔をする。

「まあ、本作りに関われるならいいじゃないか」

「でもねえ、電子書籍よ。私は紙の本を作りたいの」

「なんにせよ、これで私と枝折は正式なライバルになるな」

「どういうこと」

 きょとんとして弥生の顔を見る。

「私と枝折は、スマホの時間を取り合うライバルだよ。電子書籍の敵は、紙の本じゃない。うちのようなネットニュースだったり、スマホのアプリだったり、ゲームだったりする。
 今の時代、電車で周りを見回してみな。本や雑誌、新聞を読んでいる人なんていないぜ。手に持っているのはスマホかタブレット。電子書籍は、その主戦場で戦えるコンテンツだよ」

 そうか、そういう考え方もあるのか。言われてみれば他の出版社と戦うのではなく、その前に他の娯楽との、時間の奪い合いがある。

「本当は、電子の戦場ではなく、紙の戦場で戦いたいんだけどね」

 ため息とともに枝折は言う。

「でも、枝折は電子の部署だろう。紙の部署じゃないだろう」

 枝折は弥生に、文芸編集部の芹澤と話したことを伝える。そして、芹澤が新人育成に使っている段ボール番の話をした。

「直接見てもらうことはできないけど、やり方は真似できると思うの。なによりも、そうした訓練って大切でしょう。私も可能な限り時間を割いて練習しているの」

 枝折が真面目な顔で言うと、弥生は腕を組んで視線を枝折に寄越した。

「なあ、枝折。おまえ、足元がおろそかになっていないか」

「どういうこと」

「その芹澤編集長のアドバイス、自分の目の前の仕事をしろってことだろう。枝折は真逆のことをしている。車で言えば脇見運転だ。フエツ、事故を起こすなよ」

 ドキッとした。あるいは、そうしたことがあるかもしれないと思った。

「あはは、杞憂だよ」

 必死に笑い飛ばしながら、枝折はジョッキに残ったビールを勢いよく飲み干した。

「まあ、ストレス発散ぐらいなら付き合ってやるよ」

 弥生もジョッキを傾け、二人で新しい一杯を注文した。

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#電書ハック

柳井政和

小説が好きで出版社に就職した春日枝折だったが、配属されたのは電子書籍編集部。 紙の本から戦力外通告を受けた老作家、ネット民には刺さる準引きこもり作家、紙の本には目もくれないデジタル電子書店員たちとの出会いに戸惑う枝折。 やがて作家たち...もっと読む

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