九螺ささら「きえもの」

九螺ささら「きえもの」【ぶどうガム】

「代わりにカゲモリしてくんない?」
「俺の影を見守るのよ」
――電子雑誌「yomyom」に連載中の人気連載を出張公開!

 影薄くぶどう色になる憧れは遠くなるほどきつく匂い出す


 今日もガムを盗んだ。

 ガムがなくても人は死んだり困ったりしない。

 そう判断して、わたしはガムを盗むのだろう。


 何の変化もない日々の、ちょっとしたアクセントのようなものだった。

 見つからずに盗めて店の外に出られればラッキー、くらいな。


 それは夏至の日だった。

 いつものようにガムをバッグにすとんと入れて店を出ると、左手を後ろから掴まれた。

 振り返ると、このコンビニの店長がわたしを無表情で見つめている。


 田舎のコンビニがよくそうであるように、ここも二階が店長の自宅だった。


「五年前からだよね」

 ああ、わたしは五年前から寂しかったのだ。

 急に婚約破棄されて。


「いくらだと思う?

 あんたが盗んだガムの合計」

「ちょっと……」

 計算したくもなかった。

「22万だよ。ガム1個120円として。その調子じゃ毎日だろ? 俺もパチンコ依存性だから分かるよ」

 一緒にされたくなかった。でも警察に通報されないよう、反省しているふりをして俯く。


「代わりにカゲモリしてくんない?」

「カゲモリ?」

「俺の影を見守るのよ」

「見守る? どうやって」

「ただ、俺の影を見ててくれればいい。出来れば消えないように念じながら見ててくれればいい。大事な家族みたいなノリで。最近薄くなり始めてて。でも母ちゃん施設に入れたばっかだから、まだ死ねない。

 あと二年かな。二年働いたら、母ちゃんが死ぬまで施設が看てくれる金払える」

 影が薄くなったら影に国産醤油をかけるとリカバーすると影仲間に聞いたと店長が言うから、わたしは常にポケットにミニ醤油を入れて、店長の影を見守った。


 ちょうど二年後に、影は突然消え、間もなく店長は亡くなった。


 遠い親族の一人が店長のミニ金庫を開けると、わたしの名前が書かれた紙の箱があり、中身はぎっしりぶどうガムだった。

 秋だった。

 わたしはぶどうガムを、味が無くなるまで噛みつづけた。



「人工のぶどうの匂い製造所」原料は夢破れし人の影



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三宅陽一郎,金子竣,知念実希人,青崎有吾,千街晶之,飯豊まりえ,九螺ささら,恒川光太郎,米原幸佑,辻村深月,乾緑郎,青柳碧人,垣谷美雨,中山七里,門井慶喜,武田綾乃,宮木あや子,最果タヒ,ふみふみこ,小林エリコ,新納翔,カレー沢薫,トミヤマユキコ,手塚マキ,柚木麻子,吉川トリコ,はるな檸檬,新井久幸
新潮社
2018-09-21

この連載について

初回を読む
九螺ささら「きえもの」

九螺ささら /新潮社yom yom編集部

初の著書『神様の住所』がBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した歌人・九螺ささらによる、短歌と散文が響き合う不思議な読み物。電子雑誌「yomyom」に連載中の人気連載を出張公開!

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