九螺ささら「きえもの」

九螺ささら「きえもの」【アンズ】

アンズは夕焼けの匂いで、何か秘匿を含んでいた。
アンズ色の毛糸の山が出来て、二人はそれをベッドにする。
――電子雑誌「yomyom」に連載中の人気連載を出張公開!


 昨日の過ちが赦されたようにシウマイ弁当にアンズがひとつ


 わたしが幼稚園児の時、隣の恵比寿さんのおばあちゃんが、日曜日の夕方になるとアンズジャムを作っていた。

 わたしは日曜の夕方になると、恵比寿さんの家に吸い寄せられていった。

 アンズは夕焼けの匂いで、何か秘匿を含んでいた。

「そんなにアンズジャムが好きなの?」

 母は微笑みながら市販の瓶詰めのアンズジャムを買ってきた。

 でもそれはペクチンで固まりきっていて、恵比寿さん家から漂ってくるものとは別物だった。


 杏子さんは会社の同僚だった。

 ふわっと立っていて、ふわっと話しかけてくる。


「家に遊びに来ませんか?」

 日曜の夕方、吸い寄せられるように杏子さんのマンションに行った。

 アンズ色のセーターを着た杏子さんはふわっと微笑む。

 セーターにはほころびがある。

 なぜかそこだけを見つめつづけてしまう。

「どしたの?」

 ふわっと聞かれて、わたしは、杏子さんのセーターのほころびをつまんでいる。

 引っ張っている。


 どこまでもほどける。

 いくらでもほどける。


 アンズ色の毛糸の山が出来て、二人はそれをベッドにする。

 そして裸で愛し合う。


 翌朝、恥ずかしくて目が合わせられないわたしに、杏子さんはふわっと近づいてくる。

 手渡された物は、瓶詰めのアンズジャムだった。


 杏子さんが結婚すると聞いたのは、二月の終わりだった。

 新しい名前として、恵比寿杏子と書いてある。



 アンズから杏子に成長していってもうアンズには戻れない女性



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三宅陽一郎,金子竣,知念実希人,青崎有吾,千街晶之,飯豊まりえ,九螺ささら,恒川光太郎,米原幸佑,辻村深月,乾緑郎,青柳碧人,垣谷美雨,中山七里,門井慶喜,武田綾乃,宮木あや子,最果タヒ,ふみふみこ,小林エリコ,新納翔,カレー沢薫,トミヤマユキコ,手塚マキ,柚木麻子,吉川トリコ,はるな檸檬,新井久幸
新潮社
2018-09-21

この連載について

初回を読む
九螺ささら「きえもの」

九螺ささら /新潮社yom yom編集部

初の著書『神様の住所』がBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した歌人・九螺ささらによる、短歌と散文が響き合う不思議な読み物。電子雑誌「yomyom」に連載中の人気連載を出張公開!

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コメント

shimarina1997 https://t.co/a4TziiXpWu 散文を短歌でサンドするのすごいおもしろい 綺麗な文だった。素敵な文を書く人だなあ 12ヶ月前 replyretweetfavorite

makimuuuuuu 、不意打ちのガチ百合に30秒でやられている https://t.co/JpL0L8i30P (※主人公の性別ははっきり書いてないけどわたしにはガチ百合にしか読めない) 12ヶ月前 replyretweetfavorite