昨日の過ちが赦されたようにシウマイ弁当にアンズがひとつ
わたしが幼稚園児の時、隣の恵比寿さんのおばあちゃんが、日曜日の夕方になるとアンズジャムを作っていた。
わたしは日曜の夕方になると、恵比寿さんの家に吸い寄せられていった。
アンズは夕焼けの匂いで、何か秘匿を含んでいた。
「そんなにアンズジャムが好きなの?」
母は微笑みながら市販の瓶詰めのアンズジャムを買ってきた。
でもそれはペクチンで固まりきっていて、恵比寿さん家から漂ってくるものとは別物だった。
杏子さんは会社の同僚だった。
ふわっと立っていて、ふわっと話しかけてくる。
「家に遊びに来ませんか?」
日曜の夕方、吸い寄せられるように杏子さんのマンションに行った。
アンズ色のセーターを着た杏子さんはふわっと微笑む。
セーターにはほころびがある。
なぜかそこだけを見つめつづけてしまう。
「どしたの?」
ふわっと聞かれて、わたしは、杏子さんのセーターのほころびをつまんでいる。
引っ張っている。
どこまでもほどける。
いくらでもほどける。
アンズ色の毛糸の山が出来て、二人はそれをベッドにする。
そして裸で愛し合う。
翌朝、恥ずかしくて目が合わせられないわたしに、杏子さんはふわっと近づいてくる。
手渡された物は、瓶詰めのアンズジャムだった。
杏子さんが結婚すると聞いたのは、二月の終わりだった。
新しい名前として、恵比寿杏子と書いてある。
アンズから杏子に成長していってもうアンズには戻れない女性
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