廃棄寸前だった1万3千個のキャベツ
1万3千個の廃棄キャベツをどうする?
あなたの知り合いにキャベツ農家がいたと想像してほしい。規格外という理由から、食べるにはまったく問題のないキャベツが1万個以上廃棄されると聞いた時、あなたはどう思うだろう?
もったいない、何とかならないものか。そう思うはずだ。
2016年10月、広島県北広島町芸北地区にある芸北ぞうさんカフェのオーナーである植田紘栄志さんもそう思った。近くの農家で、1万3千個のキャベツが廃棄されると聞いたからだ。
芸北地区は、島根県との県境に近い標高700メートルの高冷地。寒暖の差が激しいことが色づきや糖度に影響して、ここで採れるキャベツはおいしいと評判。しかしこの年の夏、この地方は雨続きだった。その結果、見た目が基準に満たないキャベツが数パーセント混じっているという理由で、すべてが規格外として販売できない事態になったのだ。
ぞうさんカフェオーナーの植田さん
植田さんは何とか廃棄せずにうまく活用してもらえる方法はないか考えた。しかし何しろ余っているのは1万3千個のキャベツだ。収穫や運搬するだけでも大きな手間になる。
植田さんは、友人から紹介してもらった、顔が広いと評判の広島市にある焼肉屋の経営者・山根さんに相談をもちかけた。
山根さんは、それをあらかじめ聞いていてこう言った。「昨夜ワシの恋女房がクレヨンで描いた泣いてるキャベツの絵をフェイスブックに貼って、廃棄予定のキャベツの事を紹介したらすごい反響だったんよ。みんな芸北までキャベツ狩りに行きたいと言うとるよ」
山根さんの奥さんが書いたイラスト
植田さんはこの「キャベツ狩り」というフレーズに「それだ!」と閃いた。
……キャベツ狩りに来てもらえば、こちらで収穫する手間がなくていい。さらになかなか来る機会がない芸北に観光客も来てもらえる。この土地の野菜がどれほど美味しいかを知ってもらういい機会になる。豪快に「車にキャベツ詰め放題」というのはどうだろう? なんだか太っ腹で痛快な感じがする。1000円だけ参加費をもらおう。50個も収穫すれば1玉あたりたった20円! そのお金を農家に渡せば少しでも売上がたつ。自分たちは、帰りにぞうさんカフェに寄ってもらえたらいい……
こうして「車に詰め放題キャベツ狩り、参加費1000円!」がキャッチコピーのイベントがスタートした。
「キャベツ狩り車つめ放題」のチラシ
ちょうど当時、大雨による廃棄処分の影響で市場に出回るキャベツの量が減り、大高騰していた。広島市内では1玉600円の値段がつくことも珍しくなく、キャベツを大量に使う広島のお好み焼き屋はみんな悲鳴をあげていたのだ。
そんな時期に、「車に詰め放題キャベツ狩り、参加費1000円!」というキャッチコピーはインパクトがあった。植田さんがイベントをフェイスブックで告知すると、ものすごいペースで参加申し込みが殺到した。広島市内はもとより、奈良、岡山、島根などからも申し込みがあり、軍手と包丁を持参して連日大勢の人たちが芸北までやってきた。
大きなキャベツを狩って大満足のお客さん
その結果、廃棄される運命だった1万3千個のキャベツが、わずか2週間ですべてなくなった。ほとんどの参加者がキャベツの収穫は初体験。みんなとても楽しそうで、芸北産のキャベツのおいしさにとても喜んでくれた。農家の方々にとっては、せっかく一生懸命作ったキャベツを廃棄せずにすみ、その費用を払わないで済むばかりか参加費も入り、芸北産のキャベツのおいしさを知ってもらえて、お客さんの喜ぶ顔もみれた、といううれしいことだらけ。植田さんのカフェも大盛況。また泊まりで来た人も多く、芸北地区の宿泊施設も潤った。
廃棄の運命だったキャベツが、たったひとつの売り方のアイデアとキャッチコピーで、多くの人の気持ちを動かし、三方よしにも四方よしを超えて、みんながハッピーな状況をうみだしのだ。偶然を幸運に変えた、「セレンディティピィ」あふれるストーリーだ。
その男はなんと、超「激レアさん」だった
私は、この芸北キャベツ事件のことを『物を売るバカ2』に書いた。本の中で提唱した感情を揺さぶる「エモ売れ」の好例だと考えたからだ。そして発案者である芸北ぞうさんカフェのオーナーである植田さんに、取り上げさせてもらった御礼に本を送った。すると何日かたって、植田さんから荷物が届いていた。
開けてみると、一冊の本だった。著者は、植田さん本人。インパクトはあるが少し怪しいカバーデザイン。タイトルは『ゾウのウンチが世界を変える』(以下『ウンセカ』)。何より分厚く重い。これだけの厚さでカラーページもあるのに税別で1400円。常識では考えられない価格設定だ。出版社は、ぞうさん出版!? 聞いたことがない。ますます怪しい。
しかし、膨大な熱量を込めて作られた本であることはすぐわかった。本から異様なエネルギーが漂ってくるのだ。その熱量にあてられるように、私は本をすぐに読み始めた。どうやら、限りなくノンフィクションに近い、フィクションらしい。冒頭から軽快な文章が続く。しばらくして「あれ?」と思った。見知らぬ外国人にお金を貸すエピソード、知ってる。どこかで見た。
そうだ、私が今、最も好きなテレビ番組『激レアさんを連れてきた』(弘中アナのプレゼンが最高!)で見たエピソードだ。そう、植田さんは、「ペイチャンネルで無一文になった外人を助けて運命変わった人」というタイトルで出演していた「激レアさん」だったのだ。「キャベツ事件の発案者」と「激レアさん」、どちらもおもしろいと思ってノートに記録していたエピソードだったが、それが同一人物だったとはまったく繋がってなかった。こんな偶然があるなんて!
オンエアも面白かった記憶があるが、『ウンセカ』で改めて植田さんのストーリーを読むと、ますます引き込まれていった。ちょっとした偶然からいろいろな事件にまきこまれていき、スリランカで事業を起こすというまさにセレンディティピィに満ちあふれた物語。そもそもセレンディティピィという言葉は、「セイロンの3人の王子」が語源だ。セイロンとは、今のスリランカ。まさにザ・セレンディティピィと言えそうなネタだ。
『ウンセカ』はかなり分厚い本なのに、ぐいぐい引き込まれる展開で、丸一日で読み切ってしまった。メチャおもしろい! フィクションということにしているのは、そうしないとヤバい人の名前があるからだ(その名前から誰だかはすぐにわかる)。それにしても、「ぞうさん出版」ってなんだ?!
高円寺駅前デニーズでなぜか『ウンセカ』を力いっぱい推すことを決める
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