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なんかすげえでかいタイトルをつけてしまった文章だけど、えらそうなのはタイトルだけで十分だ。記事を開いてくださったあなたに、わたしの、恥ずかしい話からしようと思う。
愛する人との喧嘩の話だ。
数年前、愛する人をめちゃくちゃに怒らせてしまったことがある。 原因は、愛し方の違いだった。
当時のわたしにとって愛するということは、例えて言うなら、「しっかり感じながら抱く」ことだった。別にエロい意味じゃない。いや、正直エロい意味も含めてだけど。話を戻そう。愛するということは、ちゃんと向き合い、触れて、嗅いで、よく見て、話を聞いて、質問して、息遣い、声の調子、表情、しぐさ、体温、雰囲気、あらゆるものをしっかり感じ取ろうとすること、感じて受容することだった。
愛したつもりで、理解したくてした質問が、彼女を怒らせた。
彼女は言った。なぜ黙って聞いていてくれないのか。私を疑うのか、私を責めるのか。いつもいつでも黙って全部肯定してくれる、世界中が敵になっても絶対的に味方をしてくれるのが家族なんじゃないのか。
愛って、絶対肯定じゃないのか。そう聞いて、怒ってしまった。
いや、嫉妬したんだと思う。「全部肯定してくれる、世界中が敵になっても絶対的に味方をしてくれる」人の存在なんか、今までの人生で感じたことがなかったからだ。
もちろん、「わたし肯定されたことがないんです。えーん」って言ってるわけじゃないんだけど、なんて言うかな。「おまえがおれを肯定するのは、おまえがおれをおまえと別個の人間だと認めていないからだよな」って思う経験しかなかった。「この子を見ろ。ワシが育てた」って、周りの大人はみんな言っていた。子どものころの自分は、大人の喜ぶことをする子で、大人の自己肯定感のためのアクセサリー、大人の望む「かぞくのかたち」や「げんきなクラス」を構成する部品だった、と、自認している。
だから耐えられなかった。
「なんでもハイハイって甘やかすことが愛だと思うの!? おだててもらいたいならきちんと金払ってホストでもキャバクラでも執事カフェでも下請けとのゴルフでも行けよ、思ったことちゃんと言わずに『うんうんそうだね〜』しか言わないのは愛じゃねえよ、サービスだよ!」
……ぐらい強い口調の言葉が浮かんだけど、そんなに強くは言えなかった。嫌われるのが怖くて。
必ずしも肯定しないことが愛だと信じるわたしは泣いていた。 絶対的に肯定することが愛だと信じる相手も泣いていた。 自分が思う愛をお互いに差し出しあっているつもりで、それが相手の望むものじゃなかった。愛が欲しくて泣いていた。それぞれが愛と呼ぶものを、お互いに差し出しあっているにも関わらず、愛が欲しかった。愛されたくて、愛してた。
で、なんだっけ、ああ、愛国の話だ。
あれから何年も、考えている。愛と肯定について、考えている。たぶんあなたにも、愛について考えたことがあるんじゃないだろうか。
愛。
恋愛。
家族愛。
愛校心。
地元愛。
愛国心。
あなたの愛は、絶対肯定の愛だろうか。 わたしはあいもかわらず、「必ずしも肯定しない愛」しか生産しない頑固職人だ。
かと言って、頭ごなしの否定はしない。頭ごなしの否定は結局、自分の意見を肯定したいがための、自分中心的行為だと思うからだ。
だからわたしが人を、街を、国を、日本を愛するとき、わたしは知ろうとする。そして、理解できないな、同意できないな、と思ったことについて、わたしは問う。
問い続ける。責めるためでなく、知るために。
例えば。
なぜ外国人技能実習生を残業代三百円とかで“技能実習”とは名ばかりの労働に従事させ、仕事中に指を切断しても労災扱いはせず帰国させるのか、とか(参考 :東京新聞)。
なぜ、在日コリアンが使う日本風の名前、いわゆる“通名”は、日本側の都合、正確に言うと大日本帝国朝鮮総督府による創氏改名政策によって始まったことなのに(参考:現代ビジネス)、「犯罪者が実名を隠すためのものだ」みたいな言われ方をするのか、とか(参考:Yahoo!知恵袋/もちろんプロによって校正や裏取りがなされ名前を出して責任を持って書かれた文章ではないので注意)。
なぜ、とわたしは問う。知ろうとする。 そうすると「反日だ」と、わたしにレッテルを貼る人がいる。
その人にとっての愛は、たぶん、絶対肯定なんだと思う。
日本という国を絶対肯定し、わざわざマサイ族に会いに行ってまでその人たちの食文化をろくに伝えようともせず一方的に日本のカップラーメンを食べさせて「おいしい」というコメントを撮って「日本スゴイ」とまとめ、この列島に生きる人の肌の色や言葉のアクセントが少し気に入らないと「国に帰れ」と怒鳴る。そういうあり方が、「愛国」だと、「国を愛することだ」と、「生まれた国を誇りに思って何が悪い。日本を愛して何が悪い」と、愛という言葉で飾られる。キラキラしたまぶしい光で飾り立てられる。
わたしはかなしい。 そのキラキラが、かなしい。 ご近所同士で競い合うようにぐるぐる巻きにされた電飾の、そのキラキラが、息苦しくて、うそみたいで、ああ、ほんとはそのままで美しかったのになあ、と思って、かなしい。
かなしみを癒す方法は、例えば、包丁だ。
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