日本の名家を次々に訪れる外国人と二つの殺人事件の謎
13
「ああ判りました。綾小路さんが話していたお子様ですね。綾小路さんが執事をなさっていたご一家のことだと思います。確か、明治天皇とご一緒に京都から出てこられた家系の方だと思いますが、名前まではちょっと……」
そこで老婦人は言葉を切った。
「どうぞ」
と、お茶と和菓子を勧める。
「その家のお子さんがとっても頭の良い子で、神童とは本当にいるのだと初めて理解したと話されていたのを覚えています」
勧めたお茶を客が口に運ぶのを見て満足したように、
「もうだいぶ昔の話です。綾小路さんは、今は京都のご実家にお帰りになっているはずです」
と、結んだ。
「確か、綾小路さんのご住所があったと……」
と、独り言のように呟くと、老婦人は鈴を鳴らしてメイドを呼んだ。
「こちらに、綾小路さんの住所を教えてさしあげてちょうだい」
振り返ると思い出したように言った。
「それにしても、とても日本語がお上手ですね」
14
霊南坂教会に抜ける細い道が桜坂と呼ばれる桜の名所となったのは比較的最近のことである。現在は港区赤坂一丁目となったこの地域は、かつて、赤坂霊南坂町と呼ばれていた。由来となった霊南坂に沿った一角にアメリカ大使館がある。
日本の国有地ではあるが、明治維新の直後からアメリカに貸し出されている。百年を超える年月の間には、霊南坂がアメリカ大使館の呼称となっていた時代もあった。
LEGAT東京はアメリカ大使館の二階に置かれていた。
常勤する特別捜査官の個室と二人の事務系係官の個室、加えて中程度の大きさのカンファランスルーム一つが組織の全容だった。
鈴木にはカンファランスルームが宛がわれていた。
十人掛けのテーブルに個人用ラップトップを置き、両足をもう一つの椅子に乗せて寝そべるように座りながら、壁際に置かれた電子黒板を眺めていた。
そこにはこれまでの情報が並んでいた。
捜査一課の吉井警部からは音沙汰がなかった。
サンフランシスコのFBIには飛行機の中から連絡を入れ、射殺された神父の身辺情報、特にニューヨークタイムズの記者との接点に関する調査を依頼したが、まだ報告は上がって来ていない。
同じ22口径で射殺された以上、記者と神父には接点があるはずである。しかし、これまでの捜査でそれらしきことは何も見つかっていない。強いて言えば昨日渡辺准教授から聞いた神の遺伝子ぐらいである。
科学者にとっては救世主の再来は突拍子もないことかもしれないが、イスラム過激派やカソリック教会にとっては真剣に対処する問題なのかもしれない。特にそれが目に見える印となって現れて来るものであれば行動に出ることも強(あなが)ち否定できない。
しかし、それで二人も人が殺されるだろうか。
確かに宗教対立を馬鹿にすることはできない。
アメリカ人としてその恐ろしさは日々遭遇する出来事として身に染みている。
ここ数年特にイスラム過激派のアメリカに対する憎悪は急激に増大している。その勢力も拡大しているように見える。
アフガニスタン情勢も悪化しており、タリバンはアメリカ軍の進攻以前の勢力を取り戻している。ビン・ラディンの殺害に成功したことで一時的に衰退したアルカイダも完全復活の兆しがある。パリの同時多発テロに象徴されるISISの勢いは、米欧諸国の撲滅宣言とは裏腹に身近な脅威であることに間違いはない。
宗教の自由を掲げる民主主義国家の代表を自負するアメリカは、あくまでも原理主義者によるテロ行為との戦いであることを強調しているが、世界の趨勢は、かつての十字軍を思い出させるキリスト教対イスラム教の宗教戦争の態を表し始めている。
記者も神父もアメリカ人であり、キリスト教原理主義に近いカソリック教徒である。
イスラム過激派が容赦なく殺害する相手として不足はない。
記者は処刑スタイルで、神父は通り魔に襲われたかのように腹部を撃たれて死亡した。
そして、記者は、
CRIS
YG F
SKL O GW
という謎のメモを残し、神父は、
Please save the child!
(子供を助けてくれ!)
との謎の言葉を残した。
イスラム過激派が絡んでいるとすれば、神の遺伝子の秘密が関連している可能性は高いのだろう。
鈴木は記者のバックグラウンドチェックの報告を読みなおしていた。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。