塩飽の船は塩飽の思案だけで造る」潮がわく海 ー3

「俺はまだ終わっちゃいねえ!」 江戸時代初期、江戸の町に食糧危機が迫っていた。必要なのは物流革命の切り札「千石船」━━。 息子も居場所も仕事の誇りもすべてを失い、老いにどん底まで追い詰められた男が逆襲する! 『男たちの船出』は、イノベーションの生みだす様々なジレンマを、船大工たちの視点で描いた長編時代小説です。 (火・木 10時更新)

仕事場に戻ると、常と変わらず、大工たちがそれぞれの仕事に精を出していた。誰もが心の中で、市蔵のことを心配しているのが分かる。それでも船の納期は待ってくれない。

 仕事場の進捗状況を見回っていると、磯平がやってきた。

「頭、清風丸のことを聞きました」

 磯平の顔が悲しげにゆがむ。

 磯平は弟の市蔵より十ほど年下で、嘉右衛門とは十三ほど離れている。磯平も市蔵に劣らず腕のいい大工で、嘉右衛門は若い頃から目を掛けてきた。磯平もその期待に応え、大工としても人としても順調に伸びてきたので、嘉右衛門は自らの手回り(助手)としていた。

「見込みはどうですか」

「厳しいな」とだけ言うと、嘉右衛門は隅に置かれたかんなを手に取った。そのあかのしみ込んだ鉋の表には、「いちぞう」と墨書きされている。

「市蔵さんのご一家には、誰が知らせますか」

「そうだな」と言って、嘉右衛門は考えた。

 嘉右衛門は葬儀に出ることが苦手だった。自分自身が感情をおもてに出さない生き方をしているので、他人の感情をの当たりにすることに耐えられないのだ。しかも寡黙な嘉右衛門には慰めの言葉など思い浮かばず、いつも黙って立っていることしかできなかった。

「すまねえが、勘定方のうめから見舞金をもらい、わいの代わりに市蔵の家まで行ってくれねえか」

 梅とは十七になる嘉右衛門の娘のことで、嘉右衛門の女房が病死した後、嫁にも行かず、作事場の勘定方として嘉右衛門を支えていた。

 一瞬、驚いた顔をした後、磯平が言った。

「それは構いませんが、よろしいんで」

「構わねえ。ただ一言だけ伝えてくれ。『お前らのことは、わいが生きている限り面倒見る』とな」

「分かりました」

 磯平は鉢巻を外すと、外出の支度を始めた。

 —市蔵よ、これからわいはどうすればいいんだ。

 市蔵の鉋に語り掛けたが、もちろん鉋は答えてくれない。

 様々な思い出が脳裏に浮かぶ。

 大工の修業を始めて七年った十八歳の頃、うまく鉋を掛けられない嘉右衛門は、父親の儀助からとうされた末、「お前は船大工にはなれねえ。跡は市蔵に取らせるから、どこへでも行っちまえ」と言われた。

 不器用な嘉右衛門に比べ、三歳下の市蔵は手先が器用で、大工になるために生まれてきたような男だった。とくに和船の中で最も高度な技術が必要とされる「すりわせ」において、市蔵はかみわざうたわれるほどの腕を見せた。

 和船はかわら(船底材)・根棚・中棚・上棚といった幅広い構造材を別々に造り、これを組み合わせていくことで完成する。この「摺合わせ」と呼ばれる工程では、大板どうしの合わせ目に隙間ができないようにせねばならない。いくら差図が正確でも、人の作業なので微妙な誤差が出る。削りすぎると摺合わせ部分に隙間ができ、悪くすると大板自体を無駄にしてしまう。そのため誰もが少し大きめに削る。ところが、そうなると調整に手間が掛かる。

 市蔵は、この誤差を最小にとどめることができた。つまり天才的職人だけが有するという「かねじやく」を持っていたのだ。

 曲尺とは長さを測る巻尺や板尺全般のことだが、それが頭の中に納まっているのかと思えるほど、市蔵は正確に線引きした。

 こうしたことから嘉右衛門は、市蔵に対して長らく微妙な感情を抱いていた。

 儀助の「どこへでも行っちまえ」という言葉を真に受けた嘉右衛門は、島を出て大坂まで行った。だが追ってきた市蔵に説得され、塩飽に戻ることにした。

 その時、「わいは漁師でもやるから、お前が跡を取れ」という嘉右衛門に対し、市蔵は嘉右衛門の胸倉を摑んで言った。

「船大工を束ねるもんにとって、手先が器用なことにどんだけ価値がある。兄者は、もっと大切なもんを持っている」

「それは何だ」

「あらゆることに気を回し、全体をしっかり把握し、引き渡し期限通りに仕上げることだ」

 二人の父の儀助は腕のいい大工だったが、細かいことにこだわり、納期が遅れることがしばしばあった。そのたびに丸尾屋五左衛門は注文主に謝罪し、場合によっては値引きを強いられた。だが嘉右衛門が任された案件は、納期に遅れることはなかった。

 市蔵によって、嘉右衛門は己の活路をいだした。

 嘉右衛門の背を押すようにして塩飽に帰った市蔵は、厳格な儀助に食い下がり、「兄者に跡を取らせないなら、わいも出ていく」とまで言い切った。

 市蔵は儀助にひどく殴られたが、頑として譲らず、最後には「お前には負けた」とまで言わせた。

 その時、嘉右衛門が礼を言うと、市蔵はこう答えた。

「わいは、それが丸尾屋の作事場にとっていいと思ったから、そう言っただけだ。もしもそうじゃなかったら、わいが跡を取っている」

 それから嘉右衛門は、自分のためというよりも、市蔵の恩に報いるために必死に努力を続けた。

 そうしたけんさんの末、二十五歳になった頃には「瀬戸内一のせんしよう」と呼ばれるまでになっていた。

 —それもこれも市蔵、お前のおかげだ。

 嘉右衛門は差図の正確さや緻密な進捗管理で、大工頭としての本分を全うした。しかしそれは、嘉右衛門の描いた差図を正確に具現化する市蔵あってのものだった。

 —市蔵が、わいより先に逝くとはな。

 手近にあった木材を市蔵の鉋で削ってみると、見事に薄皮一枚が削れた。市蔵は大工道具の手入れを怠らず、自らの腕と一体になっているかのように使いこなしていた。

 嘉右衛門が市蔵の思い出に浸っていると、背後から声が掛かった。

「おとっつぁん、どういうことだ!」

 振り向くと弥八郎が立っていた。

「なんで、市蔵さんの家に来ない!」

 市蔵の家から走ってきたのか、弥八郎は額に汗をにじませ、肩で息をしていた。

「おとっつぁんは大工頭だろう。頭が遭難したもんの内儀や子らを励ましてやらんでどうする」

 ゆっくりと立ち上がった嘉右衛門は、弥八郎の胸倉を摑むと平手を見舞った。

「それが、おとっつぁんの答えか」

 弥八郎は唇を切ったらしく、その血をぬぐいつつ、憎悪のこもった視線を向けてきた。

なま言うてんじゃねえ。わいの気持ちは—」

 そこまで言ったところで、嘉右衛門は言葉を変えた。

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男たちの船出

伊東 潤
光文社
2018-10-30

コルク

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0mo_om0 弥八郎〜>< ! 7ヶ月前 replyretweetfavorite