◆22◆
時計の針は午後3時。四七ソはおやつタイムを迎えていた。
四七ソのオフィスにいる者は、あらゆる作業を切り上げ、強制的におやつを食べねばならない。それが室長の定めた法だ。
「いやあ、大変だったねえ、香田ちゃん。ビックリさせちゃってメンゴメンゴ」
室長はおれにインスタントコーヒーを淹れ、その紙コップを手渡してくれた。メンゴって。
「いや、大丈夫ですよ。室長に撃たれるわけないって思ってましたから」
「どうして?」
「いやホラ、その辺は、信じてますよ」
「嬉しいこと言ってくれるじゃん香田ちゃ〜ン!」
室長は豪快に笑い、三角巾を吊ったおれの肩をバンバンと叩いた。
「いたたたたた、痛いっすよ」
この程度で済んだのが奇跡だ。そのくらいヤバい状況だった。
あの後どうなったか。……クロキをエレベーターホールに追い詰めたおれは、第一人事部の事務方部隊が到着するまで、銃を構え、クロキと睨み合いを続けていた。クロキは小さく両手を上げて降参の意を示しはしたが、口を割ろうとはせず、不敵な笑みを浮かべ続けていた。
今頃は第一人事部の社員留置所で、取り調べとインタビューが始まっている頃だろう。クロキをどちらの人事部の留置所に入れるかで、上がまた無駄にモメなければの話だが。
「ミニマル製菓はどうなりました? 取り潰しの件は?」
「株価も戻ったし、白紙撤回。あの放送の中で、モギモギが今度ミニマル製菓のYouTube番組を特別にやるって話になった。マスコミからもポジティブな取材申し込みが殺到しているらしくって、手のひら返したよ。まあ現金なもんだよね、上はさァ」
「うわあ。でも良かった……。考えうる限り、最高の幕引きじゃないですか」
「削除されたTwitterアカウントは、私が復元させて清水主任に返してあります」
奥野さんが言った。
「あとは全てミニマル製菓がうまくやるでしょう」
「アカウント復元? すごい手際ですね」
ダンプスター・ダイヴって、もしかしてシュレッダー文書をつなぐだけじゃなくて、そういう電子的な修復もできる能力なのか?
そう言いかけて、奥野さんの机の上をチラリと見ると「わかる暗号通貨」「はじめてのTwitter」などの本が置いてあるのが見えた。
そうか、流石にそうだよな。たぶんTwitterにもともとある機能なんだろう。奥野さんはつくづく勉強熱心だ。おれも見習わないと。おれのテンションを察し、奥野さんは謙遜した。
「いやいや、私なんか全然。今回はぜんぶ香田さんのお陰です」
「うんうん、2人ともご苦労ちゃん。でも特に今回は香田がよくやった」
「急に何ですか。今までに室長からそんなに褒められた事ありましたっけ?」
少し嫌な予感もしたが、素直に嬉しかった。おれは照れ隠しで視線をそらし、ひよこ饅頭を頭からかじった。
「鉄輪、例の報告、香田に聞かせてあげて」と室長。
「ン」
鉄輪は細いストローでチュチュッとチョコラBBを吸い上げ終わると、ひよこ饅頭の包みを剥きながら言った。
「クロキの件ですね」
「そうそう」
「何か解ったんですか? クロキとサカグチの繋がりは?」
表情が硬くなったのが自分でもわかった。
「強情な奴でねえー、まだ全然クチを割らないらしいよ。今回はあくまで物的、電子的証拠から得られた経過報告。鉄輪、お願いしていい?」
「第一人事部の分析課からの経過報告をザッとまとめて読み上げるよ。やっぱり今回の黒幕はクロキ。あのあと例の隠しオフィスから、他にも数個のスマホが押収されたんだけど、そこにはT社グループ内の零細部署のTwitter広報アカウントが5、6個入っていたッて報告。詳しくは、これ」
鉄輪はオペレータ専用のタブレット端末でパパッと資料を見せてくれた。見覚えのある部門ロゴマークもいくつか見えた。
「それって、つまり……」
「ミニマル製菓は、乗っ取られていたTwitter広報アカウントの1つに過ぎなかった。奴らはいくつも爆弾を隠し持っていた。あの強行調整に失敗したり、取り逃がしていたら、次の爆弾を連鎖爆発させていたかもしれないッてこと。まあ要するに、早期解決できて良かったねってこと」
「そういうこと。お疲れちゃん、お疲れちゃん」
「ホントですか、良かった。これ……金一封に繋がりますかね?」
「そこはさァー、もちろん上に言っとくけど、ダメでも恨まないでよ」
いつもの逃げ口上だ。大丈夫、給料についてはもともと何一つ期待していない。
「解ってますって」
おれは苦笑いしながら、奥野さんと目を見交わし、各々の席に戻った。クロキとサカグチの関係は気になるが、ここから先はおれたちの管轄じゃない。関心は持つべきだが、首を突っ込みすぎても良くない。現場は現場の仕事をするだけさ。
「アスカン君、井上も、おつかれさん。塹壕戦の時は、援護ありがと」
「ハイ、香田サン、大きなケガじゃなくて良かった」
アスカン君が笑顔で頷いた。いい子だなあ。
井上は相変わらずヘッドホンで曲を聴いている。こいつは完全にアホだ。おれが室長だったら絶対こいつに金一封はやらない。
「いやあ、それにしても今日一日は濃密だったなあ……。まだ何かやらなきゃいけないこと忘れてる気もするけど……」
「報告書……!」
室長がおれを指差した。ハンターチャンス、みたいな調子で。
おれたちは毎日現場で調整してりゃいいってワケじゃない。一件調整したら、普通は数日間、Wordでの報告書作成業務に追われる。一部については用紙をプリントアウトから手書きして、ハンコを押して、PDFにしないといけない。