アニメ新世紀宣言 ~ニュータイプのアニメ、『機動戦士ガンダム』④~

2010年代に入ってから、ウルトラシリーズ、仮面ライダー、ヤマト、ガンダム、あるいは「ベルばら」「ポーの一族」などが次々と40、50周年を迎えている。それらはみな、単に昔のものとしてあるだけでなく、現役のコンテンツとして新作が発表され、映像化、舞台化されている。逆算すれば分かるが、これらの大半は1970年代に始まった。 1960年に生まれ、アニメ、特撮ものを最初期からテレビで見ていた中川右介(作家、編集者)が「リアルタイムの記憶を基にして目撃譚」として描くサブカル勃興史。

「記憶をたどりながら書きますが、公にするからには、記憶にだけ頼り、間違ったことを書いてはいかないので、改めて調べ、事実確認をして書きます。歴史家的視点と、当時の少年視聴者・読者としての記憶とを融合させ、「読者・視聴者としてサブカル勃興期を体験した者が書く歴史」を提示したいと思います。(筆者)


1970年代最後の年に誕生した『機動戦士ガンダム』は、その時点では半年か一年ごとに交代する、数多くあるテレビアニメのひとつでしかなかった。作品の質の高さを話題にしていたのは、全国民のなかではごく一部のアニメ・ファンでしかなかった。それは『宇宙戦艦ヤマト』も同じだった。であれば、劇場版を作ればどうか。すでに『宇宙戦艦ヤマト』の成功で映画興行界には、中学・高校生向けのアニメは商売になるとの認識が生まれていた。

1979年は松本零士原作『銀河鉄道999』(りんたろう監督)、モンキー・パンチ原作『ルパン三世 カリオストロの城』(宮崎駿監督)が公開されている。SFではないが、いしいひさいち原作『がんばれ!!タブチくん!!』(芝山努監督)もヒットした。

また、西崎義展は『海のトリトン』もテレビ版を再編集して劇場版にしようと考え、前編(74分)・後編(65分)の2本を制作しており、公開の機会をうかがっていた。ようやく1979年7月、『宇宙戦艦ヤマト』『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』が再上映された際のイベント「宇宙戦艦ヤマト・フェスティバル」において、『トリトン』の前編のみが上映された。この劇場版『トリトン』に富野は直接は関与せず、『ヤマト』にも関わっていた舛田利雄が「監修」とクレジットされた。

現在では名作中の名作となっている『カリオストロの城』だが、公開時は大ヒットとは言えず、それほど騒がれなかった。この時点で宮崎駿が大監督になると予想できた映画評論家はいなかったろう。この年の「キネマ旬報」の年間ベストテンでは『カリオストロの城』は54位で、『がんばれ!!タブチくん!!』の40位よりも下なのだ。

1980年になると、さらに劇場用アニメは増えた。いまもなお毎年新作が作られる劇場版『ドラえもん』の第1作が、この年だ。『ドラえもん のび太の恐竜』(福富博監督)は配給収入15億5000万円をあげ、この年の日本映画の興行成績第4位となった。『ヤマトよ永遠に』も13億5000万円で5位になる。他に手塚治虫がライフワークを自らオリジナルアニメにした『火の鳥 2772 愛のコスモゾーン』、竹宮惠子原作『地球へ…』(恩地日出夫監督)、石森章太郎原作・総指揮『サイボーグ009 超銀河伝説』(明比正行監督)などが公開された。

『ヤマト』『999』『009』『地球へ…』は東映、『カリオストロの城』『ドラえもん』『火の鳥2772』は東宝が配給しており、大手のなかで松竹はアニメに出遅れていた。そこで『ガンダム』に目をつけたようだ。劇場用アニメの場合、舛田利雄、恩地日出夫などの映画監督が起用されることが多かった。富野はこれに不満を抱いており、『ガンダム』を再編集して劇場版を作ると決まると、自分が監督をすることを条件にした。

こうして1981年3月14日、松竹系で『機動戦士ガンダム』は封切られ、配給収入9億3700万円とまずまずの数字を出した。後に「劇場版3部作」と呼ばれるものの第1作だが、「1」とか「Ⅰ」とは銘打たれていない。

松竹は、『宇宙戦艦ヤマト』のように、テレビ版を1本の映画にしてくれと依頼したのだが、劇場版『宇宙戦艦ヤマト』はテレビ26回分なので、43回もある『ガンダム』を2時間にできるはずがない。富野は最初からそんなことをする気はなく、約3分の1にあたる第13話までを、1本の映画とした。富野としては最初から3部作にする構想だったが、全3作などという企画が通るはずがなかった。それはアニメに限らず、どんな映画でも同じで、第1作がヒットしてから、第2弾、第3弾が実現する。大ヒットすれば、監督が作りたくなくても、映画会社から作ってくれとの依頼がくる。

富野は完成試写の段階まで松竹には内容を知らせなかった。試写が終わると「これは全部ではない」と松竹がクレームをつけるが、いまさら作り直す時間はなく、そのまま公開された。富野の作戦勝ちだった。『ガンダム』は興行成績としては合格だった。公開初日に、徹夜組も出て劇場に長い行列ができたことで、続編が決定した。

映画『機動戦士ガンダム』公開キャンペーンとして、2月22日に「アニメ新世紀宣言大会」と銘打たれたイベントが開催され、1万5000人が集まった。これも続編への後押しとなっている。ガンダムは小学生がガンプラを買ってブームを起こし、中学・高校生が映画館へ押しかけ、社会現象と化した。映画界でもテレビ界でも「お子様向き」と白眼視され、作品として論じられることのなかったアニメは、市民権を得たのだ。

ムーブメントには中心となるスターが必要だ。富野は「ガンダムの原作者」というよりも、「アニメ監督」としてスターになった。それまでは「アニメの監督」は黒子だった。黒澤明や大島渚のように、映画業界外の人でも知っている有名な監督など、アニメ監督ではひとりもいなかった。「アニメ・プロデューサー」として西崎が有名になったのに続いて、富野も有名になったのだ。

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