$1024$ の謎
ユーリ「お兄ちゃん、あそこに広告あるじゃん?」
僕「ん? どれのこと」
ユーリ「あそこの広告! 《 $1024$ 通りものパターンが楽しめます》」
僕「あるね……あれは何の広告? 新しいゲーム?」
ユーリ「それはどーでもいいの。どして《 $1024$ 通り》なんて中途半端な数にするの? $1000$ 通りでいいじゃん」
僕「ああ、そういう話? $1024$ に限らず、中途半端に見える数はときどき見かけるよね。 $64$ ビットとか」
ユーリ「そーいえばそーだね」
僕「あれは $2$ の冪乗(べきじょう)なんだよ」
ユーリ「にのべきじょう?」
僕「うん。 $2$ の累乗(るいじょう)ということもあるよ」
ユーリ「ふーん」
僕「 $2$ の冪乗っていうのは、簡単に言えば《 $1$ に対して $2$ を何個も掛けて作った数》だね。たとえば、 $1024$ というのは、《 $1$ に対して $2$ を $10$ 個掛けて作った数》になる」
$$ 1024 = 1 \times \underbrace{2 \times 2 \times 2 \times \cdots \times 2}_{\text{ $10$ 個}} = 2^{10} $$
ユーリ「そーなんだ」
僕「最初は $1$ がある」
$$ 1 $$
ユーリ「……」
僕「その $1$ に対して、 $2$ を $1$ 個掛けたら、 $2$ になるよね」
$$ 1 \times \underbrace{2}_{\text{ $1$ 個}} = 2 $$
ユーリ「うん」
僕「 $1$ に対して、 $2$ を $2$ 個掛けたら、 $4$ になる」
$$ 1 \times \underbrace{2 \times 2}_{\text{ $2$ 個}} = 4 $$
ユーリ「そーだね」
僕「それを繰り返していくと、 $1, 2, 4, 8, 16, 32, 64, \ldots$ になる」
ユーリ「あ、ほんとだ。 $64$ が出てきた」
僕「もっと繰り返すと、 $128, 256, 512, 1024, \ldots$ になるね。要するに $2$ の冪乗は、 $2^n$ という形をした数ということだね。 $n = 0, 1, 2, 3, 4, \ldots$ として」
$$ 1, 2, 4, 8, 16, 32, 64, 128, 256, 512, 1024, \ldots $$
$$ 2^0, 2^1, 2^2, 2^3, 2^4, 2^5, 2^6, 2^7, 2^8, 2^9, 2^{10}, \ldots $$
ユーリ「あれ? $2^0$ って $1$ になるんだっけ」
僕「そうだね。 $2^0$ は $1$ に等しいよ。 $1$ に対して $2$ を $0$ 個掛けた数だね」
$$ 1 = 2^0 $$
ユーリ「ふんふん」
僕「ほんとうは、指数法則を使ってきちんと定義しなきゃいけないんだけどね」
ユーリ「でも、どーしてその……えっと、《 $2$ のべきじょう》が出てくんの?」
僕「コンピュータに関係した数なんだよ。コンピュータはオンとオフの $2$ 通りを何個も組み合わせて計算するんだよ。 だからコンピュータに関わる数には《 $2$ の冪乗》がよく出てくる。 $1, 2, 4, 8, 16, 32, 64, \ldots$ ってね」
数列の研究
ユーリ「ふーん……あ! そーだ! こないだお兄ちゃん《数列》の話してくれたじゃん?」
僕「え?」
ユーリ「ほらほら。お兄ちゃんがボロ負けしたとき、オセロで《階差数列》の話したじゃん!」(第32回参照)
僕「その思い出し方やめてくれないかな……そうだったね。階差数列は大事だよ。数列について調べたいと思ったら、 隣り合った二つの項の差を計算してできる数列——階差数列を使うことは定石になる」
$$ \begin{align*} b_1 &= a_2 - a_1 \\ b_2 &= a_3 - a_2 \\ b_3 &= a_4 - a_3 \\ b_4 &= a_5 - a_4 \\ &\vdots \\ \end{align*} $$
ユーリ「うん、確か『数列を研究するなら、その《階差数列》を研究するんだよ、美しいユーリ』って教えてくれたよね、お兄ちゃん」
僕「よけいな形容詞いれなくていいから」
ユーリ「 $1, 2, 4, 8, 16, 32, 64, \ldots$ ってゆーのも数列だよね?」
僕「そうだね。数を並べたものは何でも数列だから、これも立派な数列だよ」
ユーリ「そんじゃ、これも階差数列で研究できるじゃん! えーと、 $2 - 1 = 1$ で、 $4 - 2 = 2$ で、 $8 - 4 = 4$ で……あれれ?」
僕「どうした?」
ユーリ「なんかおかしい! 変わんないよ、お兄ちゃん!」
僕とユーリはエレベータそばのソファに座り、チラシの裏に数列を書く。 僕たちはどこでも数学トークを始めるのだ。
僕「何がおかしいの?」
ユーリ「ほらほら。 $1, 2, 4, 8, \ldots$ の階差数列を取ると、 $1, 2, 4, 8, \ldots$ になっちゃうよ。元のままじゃん!」
僕「なるほど。確かにそうだね。すごい発見だ」
ユーリ「こないだお兄ちゃんと階差数列で遊んだときは、こんなふうにはならなかったよ」
僕「ああ、そうだね。それは《等差数列》だったから。等差数列は、各項の差が一定の数列だね。 $1, 3, 5, 7, 9, 11, \ldots$ の奇数列とか」 (第32回参照)
ユーリ「そかそか。 $1, 2, 4, 8, \ldots$ の方は等差数列じゃないんだ」
僕「うん。これは《等比数列》になる。隣り合った二つの項の《差》が等しいんじゃなくて、《比》が等しい数列だね」
ユーリ「とうひすうれつ……」
僕「等比数列で《隣り合っている次の項》を作り出すときに何倍にするか——その数のことを《公比》というから、 $1, 2, 4, 8, 16, 32, \ldots$ は、最初の項(第 $1$ 項)が $1$ で公比が $2$ の等比数列になる」
ユーリ「ふーん……ねえ、お兄ちゃん」
僕「何?」
ユーリ「この等比数列 $1, 2, 4, 8, 16, 32, \ldots$ は階差数列を取るとおんなじ $1, 2, 4, 8, 16, 32, \ldots$ になるじゃん?」
僕「そうだね」
ユーリ「等比数列って、階差数列はもとの数列と同じになるの?」
僕「その《ユーリの予想》はおもしろいな」
等比数列の階差数列は、もとの数列に等しくなる。(?)
ユーリ「ちょっと待ってよ。《ユーリの予想》とか勝手に名前つけないでよ。お兄ちゃんに訊いただけじゃん!」
僕「ユーリはどうだと思う?」
ユーリ「え? えーとね……」
僕「たとえば、別の等比数列を考えてみればいいよ。たとえば第 $1$ 項が $2$ で公比が $3$ の等比数列——とかね」
ユーリ「公比が $3$ っていうのは、毎回 $3$ を掛けるんだっけ」
僕「そうそう。第 $1$ 項が $2$ で、そこに $3$ をどんどん掛けていって掛けて作る数列」
ユーリ「ってことは……えっと、 $2$ と、 $2 \times 3 = 6$ と、 $6 \times 3 = 18$ と……こうかにゃ?」
僕「そうだね。その数列の階差数列はどうなる?」
ユーリ「 $6 - 2 = 4$ で、 $18 - 6 = 12$ で、 $54 - 18 = 36$ で……あ、元の数列と同じにならない!」
僕「そうだね」
ユーリ「そっか。じゃ、等比数列の階差数列はもとの数列になるとは限んないんだ」
僕「うん。ねえユーリ。ユーリはいま《数学の研究手順》を踏んだんだよ」
ユーリ「けんきゅーてじゅん……って、どゆこと?」
僕「ユーリは $2$ の冪乗が作る数列——第 $1$ 項が $1$ で公比が $2$ の等比数列——を見て、予想を立てたよね。《等比数列の階差数列は、もとの数列に等しくなる》という《ユーリの予想》だ」
ユーリ「お兄ちゃんが勝手に名前つけたんだけどね! しかも、まちがってたし!」
僕「まあ、そうなんだけど、自分で疑問を持って《これはこうなるのかな?》みたいに予想を立てるのはとても大事なことなんだよ」
ユーリ「ふーん」
僕「予想を立てて、さらにその予想が正しいかどうか確かめようとした。これは数学者がやっている《数学の研究手順》と基本的には同じなんだよ」
ユーリ「なんか大げさな話になってきたにゃ」
僕「数学者も予想を立てる。そしてその予想が正しいかどうかを確かめようとする。数学的に正しいということを示すには証明をしなくちゃいけない。 あるいは予想が誤りであるということを証明してもいい。 こちらは反証ということもある」
ユーリ「証明と反証って……ユーリ、どっちもやってないよ?」
僕「いやいや。ユーリは《第 $1$ 項が $2$ で公比が $3$ の等比数列の、階差数列》を調べてみた。そしてそれがもとの数列になっていないことを確かめた。 つまり《予想が誤りであるという具体例を示した》わけだよね。 これも立派な証明——この場合は予想の反証——になるんだよ」
ユーリ「へー……」
僕「予想をくつがえす例のことを《反例》というよ。だから、 $2, 6, 18, 54, \ldots$ という等比数列は《どんな等比数列も、階差数列をとると同じ数列になる》という 予想の反例になっているといえるね」
ユーリ「はんれい——それって例を一個みつければいいの?」
僕「そうだよ。予想に反する例を見つけたら、それが反例になるね」
ユーリ「ふーん。数学者……予想を立てて証明か反証……反例を見つける……か」
一般的に考える
僕「等比数列をもう少し研究してみよう。等比数列を一般的に表現するよ」
ユーリ「どゆこと?」
僕「等比数列というのは、 $a, ar, ar^2, ar^3, \ldots, ar^{n-1}, ar^n, \ldots$ のように一般的に書けるよね」
ユーリ「ちょっと待ってよ、お兄ちゃん。いきなり $a$ とか $r$ とか出さないでよ」
僕「ごめんごめん。等比数列の第 $1$ 項を $a$ という数だとする。 $a$ は実際は数なんだけど、一般的に考えるために $a$ という文字を使う。それから、公比を $r$ とする。そうすると、等比数列は、 $a$ に対して、何回も $r$ を掛け算して作ったものだと考えることができる。 一般的に表現した等比数列だね」
第 $1$ 項が $a$ で公比が $r$ の等比数列は次の形になる。
$$ a, ar, ar^2, ar^3, ar^4, ar^5, \ldots $$
ユーリ「えーと、ちょっと待ってよ……うん。だいたいわかった」
僕「 $a$ を $ar^0$ と書いて、 $ar$ を $ar^1$ と書くと、もう少しきれいに書ける」
第 $1$ 項を $a$ として、公比を $r$ の等比数列は次の形になる。
$$ ar^0, ar^1, ar^2, ar^3, ar^4, ar^5, \ldots $$
ユーリ「何がきれーなの?」
僕「等比数列の第 $n$ 項はいつでも、 $ar^{n-1}$ という形をしているってわかるからだよ」
ユーリ「?」
僕「《その数列、第 $n$ 番目の項はなに?》と聞かれたときに《はいこれです》と言えたらうれしいんだよ。その数列について調べるときに役立つから」
ユーリ「……」
僕「だから《第 $1$ 項が $a$ で公比が $r$ の等比数列。その第 $n$ 項は $ar^{n-1}$ と表せる》というのはうれしい。だって、《第 $n$ 番目の項はなに?》と聞かれたら、 $ar^{n-1}$ を計算すればいいだけだからね」
ユーリ「あれ……ねえお兄ちゃん。それ、さっきも似たよーな話してなかったっけ」
僕「ああ、そうだね。さっきは $a$ や $r$ という文字を使って等比数列を一般的に表現した。今度はさらに $n$ という文字を使って、等比数列の第 $n$ 項を表現した。 実際、この第 $n$ 項のことは数列の《一般項》ともいうんだよ」
第 $1$ 項が $a$ で公比が $r$ の等比数列、その第 $n$ 項(一般項)は次のように表せる。
$$ ar^{n-1} $$
(たとえば、 $n=1$ のとき、 $ar^{n-1} = ar^{1-1} = ar^0 = a$ で確かに第 $1$ 項の $a$ が得られる)
ユーリ「いっぱんこう……文字が出てくるといつも一般的になるんだね」
僕「そうそう!」
《ユーリの予想》の修正
ユーリ「ねえお兄ちゃん。いーんだけどさ、そもそもなんで《いっぱんてきにひょうげん》すんの?」
僕「うん。全部まとめて扱いたいからだよ」
ユーリ「まとめて?」
僕「ほら、等比数列とひとくちにいっても、第 $1$ 項と公比の組み合わせで無数の等比数列が作れるよね。でも、文字を使って一般的に表現すれば、無数の等比数列をいっぺんに扱うことができる。 たとえば、 $a = 1, r = 2$ にすれば、 $1, 2, 4, 8, \ldots$ が得られるし、 $a = 2, r = 3$ にすれば、 $2, 6, 18, 54, \ldots$ が得られるよね」
ユーリ「え……まー、そっか」
僕「それでね、さっきの《ユーリの予想》を修正できないかな、と思っているんだよ」
ユーリ「修正って?」
僕「等比数列の階差数列はもとの数列になる——という《ユーリの予想》は残念ながら誤っていた。でもね、《等比数列の階差数列がどういう形をしているか》を考えることはできる」
ユーリ「んんん? 意味わかんない。《等比数列の階差数列》なんてそれこそ無数に作れるんじゃないの? 意味わかんない。 どういう形をしているかバチッとわかるわけないじゃん」
僕「大丈夫。僕たちは武器を持ってるから。《文字を使う》という武器だよ。《等比数列の階差数列》は無数に作れるけれど、もしかしたら、同じ形になるんじゃないかな?」
ユーリ「あっ! そゆことか。具体的な階差数列じゃなくて?」
僕「そうそう。一般的に表現した等比数列を使って、階差数列を作る。そのとき、階差数列はどんな形をしているかな? 文字を使って考れば、無数の等比数列をいっぺんに扱うことができるよ」
ユーリ「そっか! ユーリにもできるかな?」
僕「できると思うよ。《一般的に表現した等比数列の階差数列》を求めよう」
第 $1$ 項が $a$ で公比が $r$ の等比数列の、階差数列を求めよ。
Photo by Hiroshi Yuki.
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