◆20◆
BLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!
ものすごい銃弾の雨に叩かれながら、おれは何とか南側の塹壕陣地へと逃げ込んだ。脇腹が痛む。防弾ウェストコートを着ていたって、痛いものは痛い。そろそろ限界だ。
逃げ遅れた社員はどうなった? 振り向くと、転んでいたミニマル女性社員が匍匐前進でどうにか南側に避難するのが見えた。おれは胸を撫で下ろした。
『ちょっと、香田! 死ぬよ!?』
鉄輪の大声がインカムから溢れた。耳がキンキンする。さっきまで集中し過ぎて、まるで聞こえていなかった。
「いや、悪かっ……」
「おい、香田ァアアアアアア!」
南側、セキュリティドアのところで、室長がおれを睨んで叫んでいた。
人を調整する時の、ものすごい形相だった。
こんな室長を見るのは、年に1回あるかないか……そして無論、それは敵に対する態度だ。おれたちがどんなマヌケな失敗をしようと、室長がこんなキレ方をする事など無い……はずだ。
なら、これはどういうことだ。
「アアアアアアアアア!」
室長の手には、大口径のバカでかい調整用リボルバーが握られていた。
アドレナリンのせいで、悪夢の中みたいに全ての動きが遅く見えた。待ってくれ、室長、おれじゃない。おれは裏切り者じゃない。
とっさに両手を広げ、反論しようとしたが、もう遅かった。
「そこ、動くなァアアアアアアアアアアアア!」
室長はおれ目掛けて拳銃の引き金を引いた。
BLAMN!
視界がMATRIXみたいにゆっくりになり、銃弾がおれに向かって飛んできた。離れていても、耳がキンキン鳴りそうな銃声だった。
おれの頭の中に妻子の顔がよぎった。マイリトルポニーの縫いぐるみが視界を飛び回る。忘れてた。今夜、誕生日じゃないか。そういえば最近、夕食後に全然遊んでやれてなかったな。仕事と投資と将来のことで頭いっぱいで、不安で。ごめんな。
「うッ」
という低い呻き声とともに、弾丸は左肩の付け根辺りに命中した。
だが幸運な事に、おれの左肩じゃなかった。付け加えるなら、呻き声もおれの声じゃない。
「かッ、あああッ畜生……!」
「エッ?」
おれは斜め後ろを振り向き、声の主を確認した。
長い黒髪と鋭いライン状に剃られた髭。微光沢の黒スーツ上下を着て、足元はダマスカス柄の青いタッセルローファー。どうみても胡散臭い社外コンサルだ。
「香田ァ! そいつがクロキだ!」
室長が叫んだ。室長のオフィスハック能力、ザ・ウォッチは、相手の外見や行動を一瞬見ただけで、その内面、心の動きをほぼ完璧にプロファイリングする。のみならず、相手が使っているオフィスハック能力をも見破れる。
ッてことは、こいつは。
アドレナリンで沸き立つおれの頭の中、ものすごい早さで思考が駆け巡る。
(((……「クロキさん今どこ? 報告しろ、ヤバイって!」……)))
そうか、こいつがクロキか。黒幕か。こいつがいつの間にかミニマル製菓のヘッドオフィス塹壕戦に潜伏していて、第一人事部と第二人事部の同士討ちを狙ったんだな。そして今、おれの背後にテイルゲートしてやがったのか……!
「香田ァ、そいつを仕留めろ! 五六シスと話をつける!」
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。