仮想人生

やりたいことなんてないから、誰かが運んでくれるのを待ってた

大人なんだから自分の寂しさくらい自分で処理しなきゃいけない。だから、結婚3年目・33歳のユカは、夫の帰りを待つだけの夜に耐え切れず、ツイッターで裏アカウント「人妻の美香」を生み出した。もう一人の私としてやりとりを始めたナンパ師「圭太」のアカウントを持つ鉄平と実際に会うが――。

はあちゅうにしか描けない、SNSで行きかう人間の欲と愚かさとやさしさの物語。

ユカ 33歳
(アカウント:人妻の美香
「結婚4年目セックスレス人妻。DM解放しています」)

「美香さん……」

鉄平がふいに顔を近づけてきた。唇に視線と気配を感じる。 けれど、これはダメだと思った。少しでも恋心のある真面目な男性だったらアリかもしれないけど、相手は初対面の遊び人で23歳。

私の中の芯のようなものが「それは違う」と教えてくれている。どんなにふりをしてみたって私はやっぱりユカなのだ。

体をひねって、鉄平の口をおさえて「ごめん、ちょっと違うんだ」と言うと鉄平もさっと引いてくれた。 「ううん、ごめんね、美香さん」

しゅんとした鉄平の顔が子供じみていて、つまり純真なものに見えて、私はこの子にこれ以上、嘘をついたらいけないと思ってしまった。

本音がぽろぽろと口から滑りでる。

……本当の名前は、美香じゃないんだ。ユカっていうの。でも、人妻って言うのは本当。キスとかは出来ないけど、友達になってくれないかな。

そう言うと、鉄平が「えー、何がほんとなの? ユカっていうのも怪しいな、怖いよ、怖い」と言って笑う。口説く時以外は全て早口でせわしない。鉄平の目がさっきより少しきつく見える。こちらの態度があちらの思い通りにならないことと、私が嘘で自分を塗り固めていたのが面白くないんだろう。

「ねぇ、怖いよ。俺は本名も働いてるところも教えたじゃん。ユカさんだけ本当のこと言ってくれないのは怖い。ユカは本当なのね?」

「うん、ユカはほんと。人妻もほんと」

どうか彼と、セックスする男と女ではなく、人間と人間のおつきあいが出来ますように、という私の心の奥の願いが届いたのか、鉄平は、じゃあいいよ、友達になろう、とあきらめたように言ってくれた。

一呼吸おいて「あ、一番年上の友達かも」と付け足す。

一番年上かぁ……。

チクリと胸がかすかに痛む。友達になったせいで異性としてのフィルターが外れたことが少しだけ惜しく思えた。この人からきっとこの先私は、もっと傷つく言葉を聞いてしまうだろう。

「じゃあ、友達になるとして、今から何する? お話でもする?」

女としての興味がなくなった瞬間、緊張がとけたのか、お酒の中の氷を指でつんつんと触ったりして、自由な振る舞いをしだす鉄平。

そう言われると困ってしまった。

ツイッターでいつも見てる人に会いたかった。会えば満足だった。その先なんて考えていない。

「そうだね、何しようか」と目が覚めたようにつぶやくと、鉄平はあきれ顔で「もー、ユカさーん、何がしたいの、ほんと」と言った。本音を隠すことを知らない彼の表情はまっすぐすぎて、そのまま胸まで突き刺さってくる。

私、何がしたいんだろう、ほんとに。

したいことなんてないんだよね、たぶん。

だからこうやって、誰かが何かを仕掛けてくれるのを待っちゃうんだよね。

私ってバカだなぁ。

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大人なんだから自分の寂しさくらい自分で処理しなきゃいけない。だから、結婚3年目・33歳のユカは、夫の帰りを待つだけの夜に耐え切れず、ツイッターで裏アカウント「人妻の美香」を生み出した。自堕落な世界をただ見学するつもりだったのに……。 ...もっと読む

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コメント

tokyomamu 続きが楽しみ https://t.co/KJvEdRVlWI 7ヶ月前 replyretweetfavorite

stay_foolish82 どう展開していくのか、気になります。 7ヶ月前 replyretweetfavorite

take0927 結婚しても、夫と分かち合えないものがあるなんて当然だ。 |はあちゅう @ha_chu | 7ヶ月前 replyretweetfavorite