弁護士の城戸章良と面会した日の三日後、里枝は、このところますます部屋に籠もって本ばかり読んでいる悠人に、お風呂から上がったら、話があるからと伝えた。
里枝は先に花と一緒に入って、前歯が一本、グラつき出したという、うれしそうな、気恥ずかしそうな報告を聞いた。
「よかったねぇ。みせて? あ、ほんとだ。はやいんじゃない、クラスのなかでも?」
「うん、はとぐみでは、ひなのちゃんだけ。──あのね、はなちゃんね、きょう、ひなのちゃんって、よぼうとしたのに、まちがって、ひののちゃんっていっちゃって、はしもとせんせいから、わらわれたんだよ。はなちゃんって、ばっかー。」
花は最近、この「はなちゃんって、ばっかー。」が気に入って、ほとんど毎日のように口にしていた。その度に、里枝は「ばかじゃないでしょう、はなちゃんは。」と頭を撫でてやるのだったが、ひょっとすると、そうして欲しくて言っているのだろうかという気もした。
ほんの半年ほど前までは口癖だった「はなちゃん、こうおもうよ。」は、このところ、すっかり耳にしなくなっていた。成長が、娘をめまぐるしく変化させているので、一年前がどうだったかという記憶は、自分でもふしぎなくらいに曖昧だった。花らしさというのは、あるにはあるはずだが、それも一般的な子供らしさと見分け難いところがあった。
それでも、里枝にとっての救いは、花の〝笑い上戸〟だった。父親が早世しているだけに、こども園でも、花の明るさが殊に気に懸けられていたが、どの保育士に会っても、「花ちゃんはいつもニコニコしてて元気ですね。」と言われた。クラスで一番明るいと、保護者からも言われることがあり、里枝はそれが何よりも嬉しかった。
悠人が風呂を上がったのは、十時頃だった。花はもちろん、祖母ももう就寝していて、リヴィングには里枝だけが残っていた。パジャマを着た悠人は、彼女を素通りしようとしたが、
「こーら、話があるって言ったでしょう? 待ってたのよ。」
と声を掛けた。
「……何?」
悠人は、面倒臭そうだったが、近頃では、そうして率直に感情を表してくれる方がいいのかもしれないと思っていた。難しい境遇だけに、独りで抱え込んで、気がつけば処置の施しようがないほどに拗れてしまっている、というのが寧ろ不安だった。思春期の反抗も、離婚した夫、死んだ夫の分まで受けて立とう、という気でいた。
悠人は、母の表情から、何ごとかを察したように椅子に座った。