『現代サッカーにおける得点の
3割はセットプレーによって決まる』
「ザックジャパンはなぜセットプレーに弱いのか?」
上記のような質問を頂いたので、今回はそれにお答えしたい。
まず、最初にハッキリさせておきたいことがある。それは『現代サッカーにおける得点の3割はセットプレーによって決まる』という事実だ。これはスペインの調査機関が膨大な量の試合データから立証している。
コーナーキックやフリーキックなど自陣で受けるセットプレーは、ほぼ確実にボールをゴール前に供給される。何らかのチャンスにつなげられる以上、失点の確率をパーフェクトに『ゼロ』にすることはできない。
今回、コンフェデレーションズカップにおける日本の失点数は9。そのうちセットプレーで決まったのはイタリア戦のコーナーキックからのデ・ロッシのゴール、長谷部のハンドで与えたバロテッリのPKゴール、そしてメキシコ戦のコーナーキックによるチチャリート(エルナンデス)のヘディング。全部で3失点だ。ブラジル戦はすべて流れの中から失点した。
9点のうち、3点。
質問の前提をひっくり返すことになるが、「ザックジャパンがセットプレーに弱い」というのは迷信だ。もちろん、セットプレー失点率で3割を切ることができないのだから「強い」わけではないが、「弱い」わけでもない。普通のチームが普通にやられる失点を、ザックジャパンも普通に喫しているだけだ。「日本が特別にセットプレーに弱い」のではなく、どのチームも同じ。「サッカーはそういうものだ」と理解したほうがいい。
逆に全4得点のうち、2点はイタリア戦のセットプレーから生まれたのだから、実は日本のセットプレーは得点率のほうが高い。
※イタリア戦の香川の得点はセットプレーの流れではあるが、セカンドボール以上に展開した後なので、ここではカウントしていない。カウントする場合は4点中3点がセットプレーで得点したことになる
なぜ、ザックジャパンは
セットプレーに弱いと思われているのか?
このような迷信が生まれた背景には、2012年までは少なかったセットプレーの失点が、2013年に入ってからのカナダ戦、ヨルダン戦、ブルガリア戦で急激に増えたことに起因しているだろう。この3試合について言えば、全5失点のうち、セットプレーで喫したのはカナダ戦のコーナーキック、ヨルダン戦のコーナーキック、ブルガリア戦のフリーキック2発で計4失点。セットプレーの失点が8割だ。これは多すぎる。この3試合に関して言えば、たしかにザックジャパンはセットプレーに弱い。
では、コンフェデと、上記3試合にはどんな違いがあったのか。一つは、コンフェデの対戦相手は流れの中から崩す能力の高い強豪国であったこと。二つ目は、本田圭佑の存在だ。
以前の居酒屋サッカー論【第1回】でも書いたが、本田は最強のユーティリティー選手。中盤でボールを収め、ゴール前で強さを発揮し、さらにセットプレーでは『城壁』の役割をしてボールを跳ね返すことができる。高さ、うまさ、賢さ、強さ。これらを兼ね備えた中盤の選手は決して多くはないし、特に日本には少ない。遠藤保仁が『城壁』に入っていたカナダ戦やヨルダン戦の空中戦が弱かったのは道理と言える。
『本田依存症』と呼ばれる現象について、チームのメンタルにおける真実は、外部からはハッキリとしたことが言えない。しかし、少なくともセットプレーの守備力とパスワークの構成力の両立に関しては、たしかにザックジャパンは本田一人に依存している。
話がややこしくなるので上のサンプルには入れなかったが、本田が出場し、ワールドカップ出場を決めたオーストラリア戦の1失点もセットプレーではなく、流れの中で喫した。本田が出ている試合は、比較的セットプレーをしっかりと防げているのだ。
ザックジャパンによる
コーナーキックの守備戦術
ザックジャパンのコーナーキックの守備方法は、本田を前方の『城壁』に置き、その内側、GK川島永嗣の前に『門番』として前田遼一か岡崎慎司を置くやり方が多い。この2人はマークを持たずにボールを跳ね返すことに集中し、残りの選手はマンツーマン対応となる。
マンツーマンは、それぞれが担当する選手を『自分は何番をマーク』という具合に決めて守備をする方法だ。基本的には相手の身長が高い順番に優先順位を決めておき、ザックジャパンも身長順にマークを決める。たとえばメキシコ戦のように相手チームに身長が高い選手が多い場合は、前田もマンツーマンに駆り出されることがあるが、基本的には本田を『城壁』、前田を『門番』に配置したときのザックジャパンのコーナーキックの守備はかなり固い。
カナダ戦、ヨルダン戦、ブルガリア戦によってセットプレーで4失点。これは本田を欠く香川トップ下システムの弱点でもある。ザッケローニ監督は、オーストラリア戦からは上記のような本田と前田の配置によってセットプレーの守備を築いていた。
試合途中の選手交代も、身長の高い選手から低い選手に代えると空中戦のバランスが崩れるため、基本的にはそのような交代をしないように気を使っている。実際、イタリア戦では前田からハーフナー・マイク、内田篤人から酒井宏樹と、セットプレーの守備力は同等かそれ以上の選手に代えた。(ハーフナーと前田の守備力が同じかどうかは疑問だが、話がややこしくなるので一旦置いておく)。
ただし、メキシコ戦は違う。相手の空中戦を警戒したザッケローニは、内田に代えてスタメンで長身の酒井宏を使い、いつもよりさらに1枚多く空中戦の要員を加えた。この判断の背景には、長谷部誠が出場停止で、より小柄な細貝萌を起用せざるを得なかったことも挙げられる。本田、岡崎をボール跳ね返し部隊とし、栗原、今野、前田、酒井宏、細貝、遠藤の順番でマンツーマン部隊を形成して、セットプレーの守備力を出来る限り落とさないようにした。無策どころか、ものすごく気を使っている。
……が、前半は皆さんご覧になったように、右サイドのビルドアップがガタガタで、セットプレーの守備に気を使ったデメリットのほうが多く噴出したかもしれない。これは結果論だ。少なくともザッケローニ監督の狙いはよくわかる。確実に言えるのは、無策ではないということだ。
メキシコ戦は
システムを変えたせいで
マークが混乱した?
もう一つ言っておかなければならないのは、マンツーマンはゾーンディフェンスと違って約束事がシンプルであるために、指示が混乱しづらいのがメリットの一つであること。
メキシコ戦では下の図のようなコーナーキックで失点した。
この場面について、3-4-3にシステムを変えた直後のコーナーキックで失点したため、「システムを変えたせいでマークが混乱したのではないか」という言説が流れているが、僕はそうは思わない。これについては吉田麻也が「マークの混乱はなかった」と明確に否定している。相手がゴール前に飛び込む選手をチェンジするなど、いろいろ仕掛けてきたのならともかく、日本代表レベルのプロ選手が、自分たちの交代やシステムチェンジくらいでマークが混乱するなんて、あり得ない話だ。だとしたら僕の想像以上に日本は戦術レベルが低いということになる。いや、それはあり得ない。
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