柳井政和「レトロゲームファクトリー」

柳井政和「レトロゲームファクトリー」第34回

レトロゲームを最新機用に移植する会社「レトロゲームファクトリー」。社長の灰江田直樹とプログラマーの白野高義(コーギー)は、ファミコン時代の名作「UGOコレクション」全十本の移植という大きな依頼を受ける。ただ、実現には大きな障害があった。それは最後のゲーム「Aホークツイン」の権利のみを買い取った開発者の赤瀬裕吾が行方不明なこと。二人が必死に見つけ出した赤瀬は、移植許可の交換条件に「完璧なAホークツイン」の復元を提示。コーギーは復元に挑みながら、プログラマーの道を選んだ自らの半生を振り返る。
電子書籍文芸誌「yom yom」の人気連載を出張公開!

 その狂騒の中、コーギーは扉の前に留まり、エクスペダイトが出てくるのを待った。なぜエクスペダイトは金を持って、一人で逃げなかったのか。彼は、それができるのにしなかった。どうしてなのか、コーギーは教えてもらいたかった。
「おい、タック。なんでおまえは、ここに残っているんだ」
 鞄を持ち、扉から出てきたエクスペダイトは、扉の陰にいたコーギーに、いぶかしげに聞いた。
「ねえ、エクスペダイト。なぜ、誰にも告げずに金を持って逃げなかったの。なぜ、行き場のない少年たちに、寝る場所と仕事と食事を与えていたの。なぜ、子供たちと古いゲームをしていたの」
 質問すると、エクスペダイトは腹を抱えて笑いだした。
「以前言っただろう。俺の理不尽な部分だよ」
「だから、その行動の理由を知りたいんだ」
 父や家族から逃げた自分。その自分に手を差し伸べてくれた男。その相手のことを、もっと深く理解したかった。
「はっ」
 エクスペダイトは鼻で笑う。
「俺の親父はろくでなしでな。働かない、酒浸り、暴力を振るうの三拍子だった。だが、俺とゲームをしているときだけは、いい親父だった。俺にとっての楽しい思い出だよ。
 別に親父との体験でなくてもいいんだがな。成長する過程で得たかけがえのない記憶。人によっては、それが野球だったり、フットボールだったりする。小説だったり、映画だったりもする。家族だったり、友人だったり、地域のコミュニティだったり、教会だったり、人それぞれさ。
 人は誰でも、自分がいいと思ったものを、他人と共有しようとするものだろう。その気持ちを否定しなくてもいいはずだ。あとは自分で考えな」
 完全な答えではなかった。だが、感じることはできた。おそらくエクスペダイトは、自分を肯定するために生きているのだろう。
「タック、おまえとの付き合いは、短かったが楽しかったぜ。悪事に荷担しながらも、ワルに染まらないその精神。おまえのまっすぐなところは俺も好きだったぜ」
 エクスペダイトは珍しくゆっくり、名残惜しそうに階段を下りた。コーギーも、うしろ髪を引かれながら建物をあとにした。本当は、もっといろんなことをエクスペダイトに習いたかった。しかし、それももう叶わない。道路に出て、廃墟のような町の様子を見ながら、これからどうするか考える。ここで現金を持ったままうろうろすれば、あっという間に他の誰かに奪われてしまう。まっすぐに駅に向かおう。旅が終わった気がした。このまま一人で放浪することに意味を見いだせなかった。帰ることを思い立つ。魔法が解けたようだった。
 コーギーは、クリスマス前の街を駆ける。マンションに着き、エレベーターに乗る。ホームステイしていた部屋の前に座り、家人の帰宅を待った。夕方になり、その家の女性が帰宅して、驚きの声を上げた。すぐに実家にも連絡がいき、父親と母親が迎えに来た。二人は涙を流し、狼狽していた。父がここまで感情を露わにするところを、コーギーは見たことがなかった。突然の帰還。謎の大金。コーギーは、行方不明のあいだのことを一切話さなかった。金の出所も明かさなかった。
「なぜ、突然いなくなったんだ。消えていたあいだ、なにがあったんだ」
 ニューヨークのマンションのリビングで、父が膝を突いて尋ねてきた。答えは心の中から消えていた。残像のようななにかが残っているだけだった。そうした心の中から、言うべき言葉を探して父に伝えようとする。
「父さんとは一緒に暮らせない。そのことを直接伝えてから出て行けばよかった」
 困惑した様子の父と、納得した様子の母の姿があった。
「家に戻ってきなさい」
 父の言葉に、首を横に振る。緊張した空気が、リビングの中で渦を巻く。これまでずっと父に従っていた母は、息子を祖父に預けるのはどうかと夫に提案した。

 雪が庭に折り重なる景色を見ながら、縁側で将棋を指している。ガラス戸と暖房のおかげで、寒さは足下まで忍び込んでいない。コーギーは将棋盤をはさみ、祖父と向かい合っている。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

2018年6月号は連続特集「『ポケモン』から20年と未来の日本ゲーム」、俳優・藤原祐規さんインタビュー、恒川光太郎さんと伊藤朱里さんの特別短編など。あらゆるエンタメを自由に楽しむ電子の文芸誌、毎奇数月第3金曜に配信!

yom yom vol.50(2018年6月号)[雑誌]

米光一成,さやわか,吉野万理子,恒川光太郎,伊藤朱里,藤原祐規,千早茜,尾崎世界観,三上延,中江有里,柳井政和,柏井壽,最果タヒ,宮木あや子,武田綾乃,町田そのこ,瀧羽麻子,門井慶喜,中山七里,東川篤哉,堀内公太郎,垣谷美雨,ふみふみこ,鴻巣友季子,新納翔,砂田麻美,カレー沢薫,こだま,新井久幸
新潮社
2018-05-18

この連載について

初回を読む
柳井政和「レトロゲームファクトリー」

柳井政和 /新潮社yom yom編集部

失踪した伝説的ゲームクリエイターの謎を追え――。 『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』で小説家デビューを果たした プログラマー・ゲーム開発者が贈る、本格ゲーム業界小説! 電子書籍文芸誌「yom yom」に...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

ruten cakes『レトロゲームファクトリー』最新話公開。レトロゲーム&ミステリ&お仕事小説です。本も出てます。最新34話→ https://t.co/TEmbn3GhJD 連載まとめ→ https://t.co/PKcROjtBSQ #cakes #小説 #ゲーム #レトロゲーム 5ヶ月前 replyretweetfavorite