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「今は浮気してしまっているのですが、本当は全員の合意を得てポリアモリーな関係を築きたいと思っています。でも、パートナーに言いだせずに悩んでいます。どうすればいいでしょうか……」
最近、こういったご相談をよく頂きます。
そのたびに、ポリアモリーに踏み出せる人と踏み出せない人……というか、「他にも好きな人ができた」とか「できるかもしれない」というような会話を、パートナーとできる人とできない人の違いって何だろう?と考えます。
ポリアモリーにおいてはパートナーとのコミュニケーションが大切です。そして、よいコミュニケーションのためにはパートナーを信頼して尊重できることが大切、そのためにはそもそも自分自身を信頼して尊重できることが大切、と思っています。つまり、健全な自己肯定感をもっていないと、パートナーの意見に流されて自分の気持ちを抑えつけてしまったり、逆に自分の意見をパートナーに押しつけてしまったりして、対等なコミュニケーションができないのではないでしょうか。
というわけで今回は、自己肯定感について考えてみたいと思います。
私の自己肯定感が高い理由
私自身は、今はわりと自己肯定感の高い人間だと思います。
とはいえ、他人よりずば抜けて優れているとか、非の打ちどころのない人間だというわけではありません。自分自身を、「困ったところもあるけど、なんか憎めないやつ」みたいな目で見ています。
母親の育て方が上手かったからかも知れません。今でも母親に、「お母さんって素晴らしいわ~。だって私みたいな素晴らしい人間を育てたんだもの」としょっちゅう言っています。
私の母親は、私が小さい頃から「君は、変なやつだけど、いいやつだよ」とよく言っていました。私はこれを聞いて、「そうか、私は変なやつだけど、いいやつなんだ!」と思って大きくなりました。
いま思えば、この表現はうまいな!と思います。「あなたは正しい」と言われながら育ったら、もしかしたら私は「私は正しいけど、あいつは間違ってる」と他人をバカにしたり、正しさを振りかざして“こうあるべき”で他人を殴るような人間になっていたかもしれません。「変なやつだけど、いいやつだよ」と言われていたことで、なんというか、「変なやつ」であることと「いいやつ」であることは両立するんだな、と思えるようになった気がします。だから、「変なやつ」である自分のことを、回りまわって「変だけど、まぁいいか」と思う。自分だけでなく、他人のことも、「あいつも変なやつだけど、でも、いいやつかも」という気持ちで見るようになりました。
「自分勝手」や「自己正当化」とは違う
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