青山一丁目の奇跡

女優で作家の酒井若菜さんが、「水道橋博士のメルマ旬報」(2013~2017)、「marble」(2017~2018)に執筆した100本以上のエッセイから、厳選した33本を収録した新刊『うたかたのエッセイ集』が10月に発売されました。cakesでは、本書に収録されたエッセイから選りすぐりの6本を連載いたします。

どういうわけか、タクシーで青山に向かうと、おかしなことを言ってしまう。

事の始まりは数年前。
青山一丁目に向かう時だった。
『34丁目の奇跡』という映画がふとよぎったのがいけなかった。
タクシーに乗るや否や、
「青山一丁目の奇跡までお願いします」
と言ってしまった。ファンタジー。
赤っ恥をかいた私は、二度と間違えてなるものか、と我に言い聞かせた。

青山にあった、こどもの城。
注意深くなっていた私は、「こどもの、城。こども」「おとなじゃないほう。城。館でも屋敷でもなく、城」と、○○じゃない、といちいちよぎる言葉を打ち消しながらタクシーに乗った。そして出た言葉は、
「おとなの館までお願いします」。エロティック。

青山のど真ん中にある、スパイラルホール。
スパイラルなんとか→スパイダーなんとか→なんとかスパイダー。タクシーに乗って出た言葉は、
「ピンクスパイダーまでお願いします」。hideさま。

青山界隈に行く時には、なるべく電車で行くように改めた。
それでも、どうしても青山界隈に行く機会が多い私は、ついついめんどくさがってタクシーに乗ることも多い。
だがいつの間にかすっかり目的地を言えるまでに成長した(それが普通だが)。

いけないのは油断している帰り道である。
「次の信号を右折したら、しばらく道なりで」
が正解なのだが、この「道なりで」をとにかく言い間違える。
挙げればキリがないのだが、酷かったものを幾つか挙げてみる。

「次の信号を右折したら、しばらくそれなりで」
そんな人それぞれの尺度を押し付けるんじゃないよ。

「次の信号を右折したら、しばらくおざなりで」
やけっぱちすぎる。

「次の信号を右折したら、しばらく道連れで」
都市伝説になるやつだ。

「次の信号を右折したら、しばらく道すがら」
はぁ?

とりわけ酷かったのは、一番最近やらかしたミスである。
ドライバーさんの「それは困ります」と言う声で気がついた。
「へ?」「いやあの、そう申されましても」「ん?」「妻もおりますし。お客様、うちの娘よりもお若いと思いますし」。
聞けば、私はこう言ったのだそう。

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2018-09-29

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tokuyoshikeiji https://t.co/2kPKzRzhPI 以前からtxが評判だったのは知ってたものの〜( ´へ`)г.。oO(お初に拝読した感想は元カレ〜スズキ氏の文体まんまだなと=З #思っちゃったんだからしょうがない 7ヶ月前 replyretweetfavorite

Nrva8iwlgctd #スマートニュース 7ヶ月前 replyretweetfavorite