◆14◆
それから一時間が経過したが、おれ達は目的地を見つけ出す事ができていない。22階をむなしくグルグル回っている。
『急いで、猶予時刻まであと30分切ってるよ』
「12時回ったか、腹減ってきたな」
おれは思わず呟いた。
「カロリーメイト食べますか」
奥野さんが言った。
「あ、いえ、お気遣いだけで」
「どうぞ」
奥野さんは袋を裂いて一つ口に入れ、もう一つをおれに差し出した。おれは会釈してポクポク食べた。フルーツ味だ。口に入れたまま、鉄輪に通信する。
「鉄輪ァ。なんかおかしいんだよなあ。そっちでわからないか」
苛立ちがつのり、おれは頭を掻く。
『地図情報を更新した。スマホ見て』
「見てる」
『見ての通り、廊下がグルっと囲んでるのよね。入り口がどこにもない区画を』
「そうだよ。もう3周してるが、なにも……んぐッ! ゴフッ!」
『何?』
「いや、詰まった。こっちの話。3周してるが、それらしい入り口なんて無いぞ」
「香田さん。ちょっとお願いします。すみません」
奥野さんが立ち止まって指を立て、おれに黙るよう合図した。
「……?」
「これは……」奥野さんは指を舐めて湿らせ、かざした。「……これはおかしいな」
「どうしました」
「空気の流れがある」
奥野さんは壁に手で触れた。そして耳をつけた。奥野さんは目を見開いた。
「香田さん」
おれは奥野さんに倣って、壁に耳をつけた。おれは奥野さんと目を見合わせた。
『どうしたの?』
鉄輪が尋ねた。
「音だ。なんだろ。何か動いてる音が。壁の向こうから」
「ちょっといいですか!」
奥野さんが取り出したのは消火斧だった。そんなものを持参していたのか? おれは慌てて後ろに下がった。
「フンッ!」
奥野さんはいきなり壁に消火斧を叩きつけた。
「フンッ! ……フンッ!」
二度、三度と斧を当てると、壁にはありえない亀裂が刻まれた。奥野さんがとてつもない馬鹿力の持ち主でないとしたら、つまりそれは……。
「よいしょォ!」
おれは奥野さんと一緒に、亀裂が入った壁に前蹴りを食らわせた。KRAAASH! 薄い壁が砕け、粉塵がおれを咳き込ませた。そして、音の正体が今はっきりとわかった。
「これは……!」
奥野さんが進み出た。おれも続いた。度肝を抜かれた。
「なんだこりゃ……九龍城か……?」
おれははるか頭上まで開けた吹き抜けを見上げた。四方を囲む壁は無数の室外機じみた薄汚いファンでびっしり満たされている。それら全てが音を立てて今も動き続けていた。
「これが隠しオフィスですか」奥野さんが言った。「5-6階ぶんの吹き抜けになっていますね」
「あ……奥野さん。自販機と灰皿です。喫煙スペースでは」
おれは指さした。自販機は今も動いている。つまりここは遺棄された区画ではない事が明らかだ。おれは奥野さんを促し、自販機の影に身を潜めた。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。