ある男

ある男(32)

愛したはずの夫は、まったくの別人であった。
弁護士の城戸は、かつての依頼者である里枝から「ある男」についての奇妙な相談を受ける。 人はなぜ人を愛するのか。幼少期に深い傷を背負っても、人は愛にたどりつけるのか。 「ある男」の人生を探るうちに、過去を変えて生きる男たちの姿が浮かびあがる。 「マチネの終わりに」から2年。平野啓一郎の新たなる代表作!(毎日10時更新)

 城戸は、同じ「子ども会」で、一緒にソフトボールの練習をし、ベースやバットといった用具を預かってもらっていたために、何度もその家に遊びに行ったことのある上級生が、ある日突然、両親共々、惨殺されたと知った朝の原誠の心情を想像した。パトカーや救急車のサイレンがとどろく騒然とした町内や、父母が殺到し、泣き声が響き渡る小学校の講堂を思い浮かべた。

 そのうちに、他の子供たちとは違って、彼ばかりが、登下校時に、マスコミに事件について訊かれるようになる。死んだ友達のことだけでなく、必ず「お父さん」の様子を尋ねられる。最初から、どこか呆然としていた母親の表情をふしぎそうに見ていた姿を想像する。警察が訪れ、カメラマンが怒号を発しつつ押し合いへし合いする中で、父親が逮捕され、連行された朝の情景を思い描いてみる。……

 かわいそうに、と城戸は心底感じた。成人後の原誠の背中を思った。掛ける言葉が見つからなかった。


 颯太が通っているこども園は、元町・中華街駅の駅舎ビルに入っていて、少し早い時間に迎えに行くと、子供たちは、屋上のアメリカ山公園でよく遊んでいる。横浜市が開港百五十年となる二〇〇九年に開園した新しい公園で、外国人墓地へと連なるなだらかな傾斜の石畳の道を真ん中に挟んで、花壇と芝生の広場が設けられている。

 地下鉄のホームから屋上に至るまでは、幾度も乗り継がなければならない、ひたすら上に向かってゆくエスカレーターが続くが、城戸がその時間を実際以上に長く感じるのは、いつも早く颯太に会いたいからだった。

 二月初めの夕暮れ時は、さすがに寒かったが、黄緑色の帽子を被った二十人ほどの子供たちが、ダウンのジャンパーのファスナーを胸のあたりまで下ろして、夢中で駆け回っていた。

 その日も、城戸が迎えに行くと、颯太は遠くの方で、おかしくて仕方がないといったふうに笑いながら、くねくねした走り方で、友達を追いかけているところだった。

 若い女性の保育士に挨拶し、平穏無事だったという報告を受けて、彼女が颯太を大声で呼んだ。しかし、それよりも早く、「あ、そうたくんのパパ!」と、指さして知らせた子が何人かいた。

 父親の姿を見つけると、颯太の目が照れ臭そうに輝いた。笑顔のニュアンスが変化して、見られていたことを恥ずかしがるような、それでいて、友達には求めようのない何かを期待している表情になった。

「そうたくんのパパーっ!」

 颯太よりも早く、数人の子供が駆け寄ってきて、城戸に飛びついた。彼は以前、参観日にじゃれついてきた子供たちを何の気なしに抱っこしてやって以来、すっかり、遊んでくれるお父さん、と認識されているのだった。

 この日も、あっという間に四、五人に取り囲まれたが、颯太が追いつくと、嫉妬して、

「もー、ぼくのおとうさんにくっついちゃダメ!」

 と引き剥がしにかかった。

「こらこら、いたいよ、そんなにつよくひっぱったら。」

 城戸は颯太をいさめながら、立ったまま軽く抱き寄せてやった。中の一人が、城戸に報告した。

「そうたくん、きょうね、りょうくんと、こうへいくんが、けんかしてたとき、ダメよっていってね、とめたんだよー。」

「そうだよ! ねー、そうたくん。」

「ほお、そうなんだ? えらいじゃん。……」

 城戸は、この無邪気な子供たちの誰かが、いつかは人を殺すかもしれないのだと、ふと思った。たとえここにはいないとしても、今この瞬間に五歳という年齢で、同じように友達とはしゃいでいるどこかの子供が、やがては殺人という罪を犯してしまう。追い詰められてか、或いは、心得違いによってか。──それは一体、誰の責任なのだろうか?……

 城戸は、頬の笑みを崩さぬように保ちながら考えた。小林謙吉にせよ、五歳の頃はこんなあどけない子供だったのだろう。いや、彼はもっと傷ついた、見るからに不憫な子供だったのかもしれない。

 ジェームズ・バルガー事件の犯人二人は、十歳の少年だった。イギリス世論は、その責任を厳しく問うたが、報道で知る限り、彼らの境遇もまた、目も当てられないほど荒廃していた。

 日本の刑法では、十九歳までは少年法の適用範囲で、成人後の犯罪は、当人の責任と見做される。しかし、それまでに、負債のように抱え込んでしまった悪影響が、突然、二十歳でチャラになるわけではない。たとえ、他のすべての良き影響が、それに勝る人間が大半だとしても。

 本人の努力は尊いが、それとて努力を方向づける人なり出来事なりに恵まれた幸運ではないのか? 中北などは、人間の人格は、遺伝要因と環境要因との〝相互作用〟で決定されるという、昨今の生物学の知見を確信していて、氏か育ちかといった排他的な二項対立を馬鹿げていると考えている。勿論、すべて自己責任などというのは愚の骨頂だと一蹴する。それについては、城戸もまったく同感だった。

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平野 啓一郎
文藝春秋
2018-09-28

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