遠い異国の地。父親の束縛からの逃亡。コーギーが逃げ込んだ先は、エクスペダイトと名乗る男が、二十人ほどの少年たちを率いる、電脳犯罪集団のアジトだった。
再開発から取り残された、犯罪者が多く住む地区のビル。そのワンフロアを、エクスペダイトは占拠していた。彼は自身の住む場所のことを、ジャンク屋と呼んでいた。ジャンク屋では少年たちは、短気なエクスペダイトの指示を受けて、客からの様々な依頼をこなす。ハードディスクの解析。スマートフォンからの情報収集。ウェブサイトの攻撃やウイルスの注入。
住んでいる少年たちは、いずれも家庭に難があり、飛び出してきた者たちだ。父親の暴力。母親の麻薬。両親が死んで身寄りがなくなった者もいた。ジャンク屋の住人たちは、エクスペダイトを親とした一つの家族だった。
この場所に来て、コーギーの生活は大きく変わった。食事はパンと缶詰とスープが多かった。大きな仕事のあとには特別に肉が振る舞われた。寝床は部屋に詰め込んだ三段ベッド。堅い板に毛布を敷いただけの寝床は、最初はなかなか寝つけずに苦労した。
エクスペダイトは厳しかったが、仕事がないときは少年たちと一緒にゲームを楽しんだ。不思議な男だった。犯罪者なのに悪ぶったところがなく、高圧的な軍曹のように振る舞うこともあれば、沈思黙考する教師のように子供たちに接することもある。
エクスペダイトと少年たちが遊ぶのは、ブラウン管テレビに繋いだゲームである。ファミリーコンピュータや、その海外版であるNES。メガドライブや、その北米版であるGENESISなどが多数用意されていた。
「いいかガキども。これは魔法の箱だ。この中には電脳ドラッグばりの娯楽が入ってやがる」
エクスペダイトは、にやにや笑いながら、指のあいだでカセットをくるくると回す。それが休憩の合図だった。エクスペダイトの台詞が聞こえると、コーギーを含めた少年たちは群がり、コントローラーを奪い合い、古めかしい電子ゲームを堪能した。
この場所でコーギーは、コンピューターを使った様々な犯罪に関わった。そして、それらを効率よくおこなうためにプログラミングを修得した。機械についての知識も得た。ネットを使ったソーシャルエンジニアリングについても基礎を学んだ。各種技術を独学する方法も教えられた。多くのことを身につけたが、現実世界で使える交渉術は習わなかった。人には向き、不向きがある。エクスペダイトはそう言い、コーギーに向いている能力を徹底的に伸ばした。
秋になった。壁紙のない部屋。ところどころ割れた窓ガラスは、段ボール箱を千切ったもので塞いでいる。数台並んだブラウン管テレビの一画で、コーギーとエクスペダイトは、同じ画面を見ている。遊んでいるゲームはバトルシティーだ。戦車を操り、二人で協力して司令部を守り、敵の戦車を撃滅していくゲームだ。
一仕事終えたあとの娯楽の時間。今日は取引先からの依頼で、老舗のショッピングサイトをダウンさせた。FLYという名の金払いのよい組織。ネット上だけでしかやり取りがなく、顔を合わせたことのない集団。こうした仕事をしていると、見ず知らずの顧客は多かった。
「ねえ、エクスペダイトは、なぜ古いゲームばかり遊んでいるの」
マッピーステージと呼ばれる十面の半ばまでいったところで、コーギーは声をかけた。この頃になると、短気なエクスペダイトとの会話も、上手くできるようになっていた。コツがあるのだ。ゲームをしていて上機嫌のときに話しかければよい。
「理由なんかねえよ」
そんなはずはない。このジャンク屋には、最新のゲーム機はない。いずれも二、三十年前のものばかりだ。
「でも、なにか切っ掛けぐらいはあるでしょう」
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