◆12◆
渦中、ミニマル製菓のヘッドオフィスは、第二ビルの24階西側。
途中で室長や清水主任と別れ、おれと奥野さんは廊下を進んだ。
すでに第二人事部の事務部隊20人がフロアを占拠、封鎖していた。オフィス内からは、電話対応に奔走するミニマル製菓の社員たちの悲痛な叫び声が漏れ聞こえてくる。
おれたちならこんな事はしない。
危険を冒して小規模潜入が常だ。現場の人たちの仕事やモチベーションを可能な限り損なうことなく、病巣だけを調整する。だが、第二人事部はこれだ。
「あの、すみません……トイレ行きたいのですが……」
今まさに取引先とのクレーム電話対応中と思しきミニマル製菓社員が、顔面蒼白で封鎖オフィスの中から出てきた。
「順番に並んでください」「スマホを一時没収します」「出入り時は必ず監視します」
第二人事部の事務方部隊が、スタン警棒をチラつかせながら言った。
「ハイ……」
青ざめた社員は言われるがまま、奴隷のような足取りでトボトボと監視員についていった。今にもフリークアウトして叫びだしそうだった。
(そんな扱いあるかよ)
おれは小さく舌打ちした。首切り死神たちに包囲されて、あんな扱いされちゃ、まともな仕事なんてできないよ。頑張ってね、って声かけてやりたいくらいだ。
だが、これが第二人事部のやり方なんだろうな。おれは大嫌いだよ。
「ちょっと通してください、四七ソです」
おれと奥野さんは、社員証を提示しながら、第二人事部の事務方包囲を超えていく。
「五六シスはいますか?」
「入り口ドアのところです」
おれは言われるがまま、認証ドアの前に向かった。
第一人事部と第二人事部は、方針もやり方もまるで違う。
そしてその実行部隊である四七ソと五六シスのメンバーも、もちろん全く性質が違う。おれたち四七ソはT社内の様々な部署から寄せ集められた、言わばはみ出し者の集団だ。人間性に関しては……あまりお行儀がいいとは言えない。
一方で、五六シスの連中は有能で、動きも組織立っている。構成員数は七名前後。オフィスハック能力を持たない奴もいるらしい。その代わり、事務方と連携して事にあたる。
さて、今回はどんな冷酷でおっかない奴が待っているのか。
そのシルエットが見え始めた。
認証ドアの前でおれたちを出迎えたのは、防弾ブリーフケースを持った男女のツーマンセルだ。その中に何が入っているかは、聞くまでもない。
「こんにちは、五六シスの雨宮です」
と、眼鏡をかけた地味目の女が言った。年齢はアラサーくらい。ちょっとかわいい。
「こんにちは、同じく五六シスの片桐です」
と、その後ろに控えるロマンスグレーの髪の男。穏やかな表情だが、仕草一つで、相当の修羅場を経験した切れ者だとわかる。
「どうも、四七ソの香田です」
「四七ソの奥野です」
おれたちは名刺交換を行い、笑顔を投げかけあった。
表面上は穏やかだが、その間には見えない火花が散っている。
「これは一体どういう事なのか、説明してもらえますかね?」
「株価への影響を重く見た第二人事部は、T社グループ全体への波及を逃れるため、対象部門を包囲、かつミニマル製菓の広報責任者を調整し、かつ、速やかに事態を沈静化させよとの命令を、本日1000に発動いたしました。事態沈静化までの猶予時刻は1230。それまで我々はここを封鎖し続ける予定です」
と雨宮が言った。
「ちょっと待って、そりゃおかしな話ですよ」
おれは流石に苦笑した。
「何がおかしいのですか?」
「確かに今回の事件は酷い。でもこの案件を担当するのはうちだ。ミニマル製菓は第一人事部の管轄のはずです。それに、ミニマル製菓は被害者かもしれないんですよ?」
おれの中で苛立ちが募る。今まさに炎上が続いて株価にまで影響を及ぼしてるってのに、何でこんな所で足止めを食らわなきゃいけないんだ。
「第一人事部の管轄、と、仰いましたか」片桐が眼鏡を直しながら言った。
「ええ」と、おれは鼻息荒く返した。
「我々もそう考えていたんですよ。ところがですねぇ、いざ探してみると、見当たらないんです」
「何がです?」
「ミニマル製菓事業部が第一人事部の管轄だという、正式な文書が」
「何だって?」
おれは唖然とした。
「まさか、そんな事が」
奥野さんも声を詰まらせた。皮肉にも、それを説明するのはおれの役目だった。
「いや、あるんです、奥野さん……」
確かにそうした事例は、過去にも存在した。T社は吸収合併と統廃合を繰り返すうちに、「どちらの人事部の管轄でもない」もしくは「どちらの管轄とも言い得る」宙ぶらりんの組織が誕生しうる。しかも、そこからさらに分裂することだってありうる。
解ってるさ、これも結局T社がデカすぎるのが問題なんだ。
そもそも何で人事部に第一とか第二とかがあるんだよ。
「事態は急を要しています。この場合、ミニマル製菓事業部は第一人事部、並びに第二人事部、双方の管理下にあるとみなし、先に調整命令を下した我々第二人事部がこの案件を担当することとなります」
雨宮が機械みたいな冷徹な口調で言った。
確かにその通りだ。社内規則上はそうなってる。
「あなたがた第一人事部に許されるのは、猶予時刻である1230までの立ち会いのみです」
「そうだよな、そうなるよな」
おれはため息をついた。室長の懸念どおり、睨み合いになっちまうか。
おれの苛立ちは限度を越えようとしていた。その時不意に、後ろから頭の悪そうな声が聞こえた。
「香田さん、ちょっといいスかあ?」
井上の声だった。その後ろにはアスカン君もいる。
「どうした、井上?」
「交代ッスよ、交代。あ、五六シスさん、初めまして、よろしくお願いします」
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