◆11◆
「エッ、ミニマル製菓って、T社グループだったんですか?」
おれは先方から渡された名刺を見て、思わずそう口にしていた。昼休みが終わったカフェテリアには、もう誰も社員はいない。おれたち四七ソの三人と、今回の案件の依頼部署の主任だけだ。
「そうなんですよ、三年前に吸収合併されてまして。そこから赤字決算続きなんですが」
清水と名乗る主任は、ハンカチで額の汗を拭きながら、iPadをおれたちに手渡した。
そこには、おれが先ほど高橋に見せていたのと同じ、無残に炎上し続けるTwitterタイムラインが示されていた。
「単刀直入に申し上げますと、うちのTwitter広報アカウントが何者かに乗っ取られました」
「どう、香田ちゃん? Twitter詳しいんでしょ?」
室長がおれに微笑みかける。
「あっ、はい」
詳しいもなにも、おれが朝からチェックしてた炎上案件だ。だが、おれが言う "詳しい" は、室長の期待する詳しさとは少し違う。
「奥野さんも詳しい?」
と室長。
「私はちょっと、Facebookしかやっていないので……」
奥野さんは苦々しい表情で首を横に振り、こう続けた。
「しかし、SNSの乗っ取りは許しがたいことです。こうしている間にも事態は、刻一刻と悪化しているでしょう。心中、お察しします」
何てこった。おれが朝少し調子に乗ったばっかりに、こんな案件に駆り出されるなんて。だが、やるしかない。
「それで、乗っ取られたというのは、具体的にどういう状態なんですか?」
おれは基礎的な質問を行った。こんなのはプロじゃなくたって解る。
「パスワードが変更されています。メールアドレスもです」
「ん? つまり、どうやっても取り返せない状態ですか?」
「そうです。しかも、この状態になっていたのは、昨日今日の話じゃないんです。メールアドレスが変えられていたのは、数週間前でした。その前後から、もう担当者が誰かも解らないんです」
「えっ。でも、元の担当者さんって……確かすごく親身な受け答えで人気になった人じゃないでしたっけ?」
「そうですね。立役者は7年前、黎明期にTwitter担当者になった茂木っていう者なんですが。彼の地道な努力のおかげで、うちのTwitter広報アカウントはフォロワー数6ケタになれたんです。今思えば見事な広報でした。わきまえていたといいますか……。しかも、専用の業務時間を割り当てられていたわけでもないのに、ほとんどボランティアみたいな感覚でやってくれていたはずです」
「その茂木さんは、今どこに……?」
おれは汗を拭いながら聞いた。雲行きがさらに怪しくなってきた。
「彼はもう2年近く前にT社グループから退職して、今はモギモギっていう有名YouTuberになってるんですよ」
「「「YouTuberに……」」」
おれと室長と奥野さんは顔を見合わせた。
「もちろん彼がうちの広報アカウントを担当していたことは一切公表してないですが、ともかく……茂木さんから引き継がれた時は大丈夫だったんです。そこで確かにパスワードの返却や更新が行われてますから、彼がハックしたって線は無いんです。問題はその後……誰も彼のやっていたことの凄さを理解している者がいなくて、ほとんど更新もなくなって……」
「気がついたら、いつの間にか、何処かの誰かの手に渡っていた……」
「そうです」
「なるほど……解りました、外部ではありますが念のため茂木さんにコンタクトをお願いしたいんですが……」
「はい、それは試みているところです。彼、嫌がるだろうなあ……」
「仕方ないでしょう、今はできるだけの事を……うわ! ちょっとこれ」
iPadに視線を戻すと、おれの目にまずい文字列が飛び込んできた。
「どうしましたか?」
「トランプに@を投げて、政治的なこと呟いてますよ、こいつ……!」
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。