女はフェイクであります

「美しい人にはまだなれていないけれど、この5年間、私はこうして暮らしてきました」(「まえがき」より)。10月に出版された『うたかたのエッセイ集』が好評発売中の酒井若菜さん。cakesでは、本書に収録された33本から選りすぐりの6本を連載いたします。

かつて坂口安吾はこう言った。
「ほんとうのことというものは、ほんとうすぎるから、私はきらいだ」(『坂口安吾全集05』筑摩書房)

はぁ。うっとり。溜め息がでちゃう。

そもそも女はフェイクであります。
顔にはメイク、指先にはネイル、耳にはピアスに、首にはネックレス、髪にはカラーやコテ、体にはボディクリームに素敵な洋服、フェイクレザーやフェイクファーを纏ったりもするんだもの。
女は全身フェイクなのだ、そもそもが。
なんにもしない女なんて、身だしなみに欠けるズボラちゃん。すっぴんのほうがいいって? それはありがたいし嬉しいけれど、おめかしは女の身だしなみ。愛情表現。どうかお察しあれ。

それはさておき。
女性受けを狙った作品は、ドラマ、映画、本と、ジャンルを問わずいまいち好きになれない。
女性の客を掴むには、セックスについて友人と赤裸々に話すシーンを盛り込まないと成立しないのか、といつも悲しい気持ちになる。
大抵が下品でみっともない。

「女の本音、実態を知ったら絶対男はショックだよね。でも女同士の会話って、セックスの話とか全然するし、マジでエグい話ばっかりだから」
とケラケラ笑うテンション。
あれがどうしても自分には馴染まない。

私の周りの友人は、女同士で会っても男性のセックステクニックについて酷評することはおろか、セックスが話題にあがることすらまぁまずない。
性についてあけすけに話すことや悪口を言うことが、女同士の実態では決してない。
少なくとも私の友人たちは、みんな男性に敬意を払っている。
どうしたら、ドラマや本のように、セックスをするような仲になる男性のことをバカにできるのだろう。
私の友人たちは、もっと純粋に一生懸命恋をしているよ。まあでも、20代の前半は、私もそんなきらいはあったかもしれないな……とにかく! いい大人がそんな話はしないのだ。

隠して隠して、汲み取る。人によるが、私が知っている女同士の会話は、ちゃんとオブラートに包まれている。男性には安心していただきたい。

女性向けの作品は下品で好きになれない。
そういう女性も確実に増えている。

友人から、『首のたるみが気になるの』という30歳を過ぎた女性には非常に気になる、かつレジに持っていくのに抵抗があるタイトルの本を借りた。

作者はノーラ・エフロンという『めぐり逢えたら』『ユー・ガット・メール』を撮った女性映画監督だ。完全なる女性向けのエッセイだが、これがまあ面白かった。

「男ってさぁ」というノリがないにもかかわらず、「本当の私」というノリがないにもかかわらず、「女ってね」というノリがないにもかかわらず、「私だけは」というノリがないにもかかわらず、面白いのだ。

作者は執筆当時60歳を越えていたのだが、主に年を取ることについて書かれているこの作品。30代の私には共感まで至らないエピソードが多かったけど、「年を取るって最高!」ではなく「いいわけないじゃない!」と言い切っていることが新鮮で、可笑しかった。

本屋のライトエッセイのコーナーを見れば一目瞭然だ。
何もかもを肯定する本か、生まれ変われる魔法を伝授する本ばかり。 そんなわけあるか、とうんざりするようなタイトルのものだってある。もちろん、誰かにとっては「発見」のある宝物のような本なわけだから、一概に否定するつもりはないことも合わせて書いておく。

しかしこの本は、年を重ねることを美化することなく、そのくせ作者は幸せを目一杯紡ぐ。紡ぐというより、漏れる、という感じだろうか。その漏れが、まあなんとも可笑しい。
幸せだけど、加齢=幸せ、では絶対ない。
そこがミソだ。新鮮な本。

この本の魅力の一つは、阿川佐和子さんが翻訳をされているということだろう。
阿川さんの訳がいちいち面白い。可愛くて、ふざけてて、キレがよくて、潔い。とにもかくにも気持ちがいいのだ。嫌みなところや卑しさがまったくない。
下手な翻訳家がノーラの言葉を訳したら、もっと感傷的で卑屈な、あるいは意地の悪い「男性には聞かせられないエグさ」を出してしまうだろう。

そして、巻末エッセイを書いているのが安藤優子さんなのだが、これがまた面白い。
読んでいると「わ! 日本人にもこういう女性の先輩いるんだ!」と思って楽しくなる。『スーパーニュース』の見方がガラッと変わった。

この本は、ノーラ・エフロン、阿川佐和子さん、安藤優子さんという御三方の星座が、見事な正三角形を織り成している。かっこいい。あっぱれだ。

読めば読むほど、御三方のようになりたいと思う。不思議な本だ。楽しかった。うん、楽しかった。そうだ。読んでて楽しかったんだ! それに尽きる。楽しかった!

大人の女の為せる業だ。隙のある女は良い。女の隙を、隙なく巧みに表現できる女たち。最高だなあ。

20代の頃は、平気な顔して「早く30代になりたい」と言っていた私。
30代になった時、実際に楽しかったし、今も30代ライフを楽しんでいる。
20代には戻りたくない。だけど、34歳になる今年、10年前の24歳の自分には聞かせられないような変化がたくさん自分の心身に起こっているのも事実だ。
今「私も早く30代になりたいんですよね」と20代の子に言われたら、嬉しい反面、ちょっとイラッとするもんな。というか、ズキッとくるもんな。
知らぬが仏、憧れを壊すつもりはないし、30代には良いことも山のようにあるけれど。

だから私は、先輩方がどんなに美しくかっこよく愛らしく、その姿に憧れを抱いていても、決して「早く50代、60代になりたいんですよね」なんて言わないようにしている。それは礼儀だと思うから。

20代の子が「早く大人になりたい」とは幾ら何でも言えない年齢だということは理解している。ならば、「早く晩年に入りたい」くらいのほうがまだ幾分可愛げがあるかもしれない。ないな。

先日、本を貸してくれた同世代の友人と、同い年の作家と三人で温泉に行った。行きの電車で、私たちは座席をクルンと回転させ、向き合って座れるようにボックス席にした。
「せっかくだからね! ルン」
と。が。向かい合わせにした意味あるの? というくらい、私たちは終始無言だった。本を読んだり、アイスを食べたり、各々の過ごし方。笑ってしまった。今思い出しても、座席をクルンと回した意味は絶対になかったと思う。

クルンと回したシートの通路側に座っていた私は、五列くらい向こうに、私たちと同じようにボックス席を作り、六~八人くらいで盛り上がっている20代前半と思しき女の子たちの姿を眺めていた。

彼女たちは、大きな声を張りあげて、実に楽しそうに男の子の話やセックスの話、ついでに女友だちの噂話をして盛り上がっていた。

私は、彼女たちのように女友だちと盛り上がることはもうできないと思った。彼女たちを眩しく見ながら、あそこには戻れない、と感じた。
あのテンションを取り戻せないというのもあるが、単純に、あそこに入っても私はもう楽しくない。

その点、30代の私たちは、無闇に相手に踏み込まない。お互いの全てを知ろうとは思わない。諸々をわきまえている。それくらいがちょうどいい。これは20代で学んだことだ。

端から見たら、行きの電車にいた女の子の集団と我々、どちらが幸せに見えるだろう。
男性には、行きの電車にいた女の子の集団のほうが幸せに見えるのではないだろうか。

だけど、その幸せそうな彼女たちから発せられている言葉は、男性にはとてもじゃないけれど聞かせられないものだということを、男性たちは知らない。

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コメント

kaoriishida |酒井若菜 @_sakai99 |うたかたのエッセイ集 こんな文章を書く人だって知らなかった。思っていた以上に素敵な人なんだ。 https://t.co/8MT6QAEqHX 7ヶ月前 replyretweetfavorite

ayutanmoon うん。好き。昔からこの人好き。 7ヶ月前 replyretweetfavorite

yukihgs 聞いてたとおりの言葉の取り回し。 7ヶ月前 replyretweetfavorite

mizusawayousuke 30代の私たちは、無闇に相手に踏み込まない。お互いの全てを知ろうとは思わない。諸々をわきまえている。それくらいがちょうどいい。 7ヶ月前 replyretweetfavorite