ブラジルを熱狂させた日本のプレー
現地の僕は、感動し、動揺した
コンフェデレーションズカップ2013、日本はイタリアに3-4で敗れ、2連敗でグループリーグ敗退が決まった。
「ジャーポン! ジャーポン! ジャーポン! スーシー! テリヤキ!」
ザックジャパンの攻撃的なプレーは、ブラジル人のハートに火をつけた。試合中も、試合が終わってからも、とにかくありったけの日本語を並べ、道行くブラジル人たちは日本に対する称賛の声を送った。
スタジアムのオーロラビジョンに大きく映し出された日本代表サポーター『ちょんまげ隊』のツンさんは帰り道、地下鉄の中でも現地のブラジル人たちからメガホンマイクを渡され、知っているポルトガル語をひたすら叫んで声援に応えるなど大人気だったようだ。すでに、ちょんまげのカツラ(※本人は地毛と言い張る)を外していたにもかかわらず……。楽しそうでうらやましい…!
スタジアムを訪れた現地の観客は、ほぼすべてが日本代表の応援に回っていた。まるで6月4日の埼玉スタジアムを思い起こさせるような……いや、もしかするとそれ以上のボリュームだったかもしれない。それほど大きな後押しだった。
しかし、キックオフ直後こそ、そのモチベーションはタヒチに対する声援と同じようなもので、第一戦でブラジルに完敗したサッカー弱小国に対する同情の類だったかもしれない。正直に言えば、僕は少しイラッとした。もちろん、彼らにまったく罪はないが、ワールドカップ優勝を目指す国としてはそのような同情を帯びた声援を聞くと、不甲斐ない気持ちのほうが先立ってしまう。
ところが同情は、ほんの数分で本物の熱狂に変わった。
日本のファンタスティックなプレーが、強豪イタリアをズタズタに切り裂くプレーの数々が、スタジアムの雰囲気に火をつけた。
結果として敗戦はしたが、第三国の彼らの心をここまで動かしたことを誇りに思う。このようなチームが、しかもイタリアを相手にそれを実現するチームが、いったい世界にいくつあるのだろうか。
僕もあまりにも感動しすぎた。手元でメモを取ることで辛うじて冷静さを保つような、そんな心理状態だった。明らかに動揺していたと思う。こんな経験は初めてだ。南アフリカワールドカップのカメルーン戦でさえ、この試合に比べれば遥かに冷静に観られていたと思う。
サッカー王国を認めさせる
スタイルとはどういうものか?
この試合、日本は数え切れないほどのミスを犯した。それは後述する。しかし、海外に出てこれほど熱く他国から応援される代表チームというのは聞いたことがないし、考えられないし、信じられない。
美しいと評判の高かった新生アッズーリは、ゲーム内容で日本を上回ることができず、泥臭く勝敗にこだわる本来の姿を表した。チェーザレ・プランデッリ監督は前半30分にアクイラーニに代えてジョビンコ、後半14分にマッジョに代えてアバーテ、後半23分にジャッケリーニに代えてマルキージオ。早々と3枚の交代カードを使い切り、修正対応に追われた。コーチングエリアでも、常にバタバタと落ち着かなかった。
外国人記者はそのような交代カードの切り方について、「正直に言えばショックだった」と記者会見の質問で述べ、プランデッリ監督もそれに同調し、「大変苦しめられた。我々には幸運もあった」と認めた。
ご存知のように、来年この国でワールドカップが行われる。サッカー王国の観衆を味方につけるスタイルとは、どのようなものなのか? そして、それを得たときのパワーがどれほどすごいものなのか?
僕はそれを実感した。たったそれだけでも、ブラジルに来て良かった。貴重なコンフェデレーションズカップだった。ザックジャパンがこのスタイルを維持する限り、ブラジルはホーム同様の歓声を、来年のワールドカップ本番でも日本に送り続けてくれるだろう。
「ああ、王国でワールドカップが開かれるというのは、こういうことなんだな。目の肥えた彼らを満足させられる攻撃サッカーが必要なんだな」と改めて思った。これからの1年間が南アフリカのように、最終的に守備にシフトチェンジせざるを得ないような展開になってはいけない。あくまでもアグレッシブに。日本が前を向いて戦い続けられるように。
そのためにも、課題をしっかりと抽出しなければならない。
MOM(マン・オブ・ザ・マッチ)
香川真司を支えた黒子の存在
この試合は前線からのプレッシングがキーポイントになった。通称『クリスマスツリー』型と呼ばれる4-3-2-1システムを敷くイタリア代表に対し、積極的に前線からプレッシングを行ったザックジャパン。
これに関しては、メキシコに「ありがとう」を言わなければならない。第一戦で未知のイタリアに対し、前半をコントロールされたメキシコ。しかし、後半は積極的に前からディフェンスをすることでメキシコが優勢になった。
クリスマスツリーは4-3の部分、後ろに人数が多いため、ここに対する守備方法をしっかり確立しなければボールを回されるばかりになってしまう。イタリアとメキシコの試合を観た日本は、対策を立てやすくなったはずだ。
日本は前田遼一、本田圭佑の2人がイタリアのセンターバック、ボランチを追い回し、岡崎慎司と香川真司はイタリアのサイドバックとボランチの中間ポジションを取って合計4人が前線からプレスをかけ続けた。
特に印象に残ったのが前田だ。日本は香川がしばしば中央へ入ってプレーをするため、攻守の切り替え時に左サイドの守備が空くことが多い。普段はこのスペースを本田がカバーすることも多かったが、この試合では前田が素早く切り替えてカバーするシーンが目立った。
負けた試合でMOM(マン・オブ・ザ・マッチ)を獲得した香川真司。本当にすごいプレーヤーであるし、まさしく日本の至宝だ。
しかし、その至宝を輝かせるために、献身的に走る日本の選手がいたことを、僕は伝えておきたい。サッカーは1人ではプレーできない。ブラジルはネイマールを輝かせるために、バルセロナはメッシを輝かせるために、日本は香川を輝かせるために、黒子となるプレーヤーが必ずいる。日本の場合は特に前田がその役割を果たしてくれた。
しかし、この優秀な前線からのプレスがはまらなくなったとき、日本はもろく崩れ去ってしまう。プレスが機能し、ボールにプレッシャーがかかっていればディフェンス陣は思い切って寄せることができるが、そうでない場合、つまり下がりながらディフェンスする場面のクオリティーが日本は低い。さすがにこれだけ押した試合展開で4失点は尋常ではない。
なぜ、日本は前線からのプレスが弱まると
守り切れないのか?
プレスがはまらなかったのは、たとえば前半38分、左サイドを空けた香川のカバーに入った前田が中央に気を取られて一歩だけ体勢が前掛かりになった瞬間、右サイドバックのマッジョへボールを展開され、そのままドリブルで運ばれてしまった。そして今野泰幸がバロテッリにファールを犯してFKを与える場面につながった。全体的に前田の献身性は良かったが、この場面ではカバーのやり方に小さなミスがあった。
また、3失点目の長谷部誠のハンドで与えたPKのシーンも同様だ。ここでは香川が中央に寄りすぎて、やはり右サイドバックのマッジョにフリーでボールを運ばれ、そこからのクロスをバロテッリが落とし、ジョビンコのシュートに結び付けられている。運動量が落ちた後半には特にこのような場面が目立った。
しかし、いくらなんでも90分間プレスをはめ続けるのは不可能だろう。疲労やコンディションを考慮しつつ、このようなシーンをどこまで減らすことができるのか。前線からプレスをかければ、どんなチームでも後半に動きが落ちることは避けられない。たとえば2012年欧州選手権、初戦のスペイン対イタリアで、3バックシステムでプレスをかけ続けたイタリアが先制を果たすものの、後半は運動量が著しく落ちてスペインに同点ゴールを許した。あるいは昨シーズンのチャンピオンズリーグ決勝、ドルトムントはハイプレスが機能した前半で疲労し、後半はバイエルンの攻撃を受け止めきれずに2失点を喫した。
このような前線からのプレスがはまらなくなった状況に対する戦術を、日本はいち早く整備しなければならない。
そもそも、なぜ日本は前線からのプレスが弱まると守り切れないのか?
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