◆6◆
「四七ソだな」
サカグチが先に切り出した。押し殺した声だった。こいつの全身からはカネの力が溢れ出ていて、まるでダースベイダーのような威圧感を放った。
ONDO事件での最終局面がフラッシュバックする。……サカグチが触れると同時に連鎖爆発するPC。……破られたガラス窓。……ホバリングするヘリに飛び乗るサカグチ。
「そうだ。お前はサカグチだな」
「物覚えがいいな。お前、名前は」
「……香田だ」
「そうか。多分次会った時には忘れてるな」
イラッとする言い方だ。まるで全て他人事のような口ぶりだ。
「あのまま国外にでも脱出したんじゃなかったのか?」
「ああ脱出したさ」サカグチは小さく笑った。「シンガポールでしばらくバカンスを取っていてな。ほれ、日焼け、わかるか? 今暗いからな……」
「おれをここで待ち伏せてたわけじゃないよな」
「おいおい、俺はハッカーじゃないぜ。映画じゃあるまいし」
まあそうだろう。こいつとは偶然鉢合わせたって事になる。だがおれは疑り深い。
「偶然にしちゃ、とんでもない確率だ」
「俺がもしハッカーなら、お前みたいな奴じゃなくて、安室奈美恵ちゃんを俺の隣にする」
「面白いジョークだ」
おれは手に汗握りながら返した。いつになく緊張していた。おれがもし刑事か何かで、サカグチの野郎が指名手配犯だったなら、ここで大立ち回りが始まったり、鉄輪に救援を要請していたかもしれない。だが、できるはずがない。おれは刑事でもスパイでもない。ただの会社員だ。ただスターウォーズを観に来ただけなんだ。それを、ふざけやがって。
「香田くん、まさかここで拳銃でもぶっ放そうってんじゃ無いだろうな?」
「バカ言うな、おれがそんなサイコ野郎に見えるか?」
四七ソと第一人事部の権力が及ぶのはT社のオフィス内だけだ。それ以外の場所で拳銃や社内調整用の装備を所持しているのがバレたら、どうなると思う? 職務質問されて即逮捕だ。
確かにこの国じゃ、社内ルールは国の法律や一般常識よりも上にある。だが、それはあくまで、会社の敷地内でのこと。おれ達がプライベート時間、ましてや敷地外の場所でまでドンパチやらかしてたら、たちまちT社は終了だ。
「案外、お前みたいな真面目そうな奴が、いきなり暴発するもんさ……」
サカグチが言った。
「ここでお前に会ったのは偶然だが、いい機会だ。一つ警告しておこう」
「警告?」
「これ以上、俺の邪魔をするな。俺が絡んでる案件だと解ったら、今後はおとなしく手を引け」
「そんな言葉に屈すると思うか?」
「そら見ろ……そうやって、くだらん意地をはる。お前ほどの能力を持ってる奴が、何で、四七ソなんていう安月給部署に甘んじてる?」
「何だって?」
薄気味の悪い言葉だった。
「転職先を探してるなら、紹介してやるぜ? お前が初めてってわけでもない。俺もなあ、有用な能力者がT社人事部に使い潰されて消えていくのを見ると、心が痛むんだよ」
「他人事みたいに言うな。お前のせいで、事業部が丸ごとひとつ消し飛んだんだぞ。どれだけの社員が、あの事件の後で首を切られたと思ってる……!?」
おれは少しエキサイトし過ぎていた。
「シーッ!」
「あっ、すみません」
右隣のスターウォーズキャップに諭された。そいつのトレーナーの胸にプリントされたマスター・ヨーダが、テレパシーでおれに語りかけているようだった。香田よ、怒りに飲まれるな。暗黒面に飲み込まれるな。と。
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