幾千の夢見るうなぎの粉末をうなぎの寝床形に焼いたパイ
会った時には既に、ミクの体の半分がフジツボだった。
「ごめんね……」
ミクの膝の傷口から入ったフジツボは今、彼女の体を乗っ取ろうとしている。
でも彼女は「入院」をしていない。
どこも受け入れてくれないのだ。
ミクママは、泣いていた。「初めてです。ミクのこの体を見て逃げなかった人は」
わたしはミクママに言うべきかどうか悩んで、言わなかった。
四ヶ月前に死んだ兄の死ぬ一ヶ月前が、ちょうどこんな感じだった。
兄の場合は、鼻の傷口からだったけれど。
ずっとTwitterでのやり取りだった。
ミクのハンドルネームはnagisaだった。
ミクは同性愛者で、わたしは異性愛者だった。
わたしは、会社の先輩との結婚を控えていた。
けれど、ミクとTwitterで「話せ」ば話すほど、自分が性欲で汚れた生物に感じられて。
わたしは婚約を破棄した。
「おめでとう」のカードと共に、ミクからうなぎパイが送られてきた。
「浜名湖の西生まれなの」彼女は電話で、タニシのように言った。
それから半年後に、わたしはミクの実家で、死ぬ一ヶ月前のミクと会ったのだ。
ミクの彼女は音信不通になってしまったそうだ。
わたしは彼女と性交した。
抱けば抱くほどフジツボでわたしの体が切れた。
辛うじてミクの乳頭と膣はフジツボに侵されていなかった。
わたしは舌先で丹念に乳頭を、指で膣を愛撫した。
ミクは温かな渚になった。
一ヶ月後、ミクは兄同様、フジツボの塊として死んだ。
わたしは供養としてミクからもらったうなぎパイを食べた。
ほろほろと、欠片がわたしの腿の間にこぼれる。
化石って、みんな元有機物なんだ……。
知ってたけど。
ほろほろと、こぼれる。
小田原の動物園で見たホロホロ鳥のことを思い出す。
羽根がほろほろ舞っていた。
わたしは、ミクを愛撫した舌先の傷口からフジツボになり始めた。
病院を探すつもりもない。
舌がすべてフジツボになってしまう前に、うなぎパイを食べ終えなければならない。
喜怒哀楽がだんだん薄くなってゆき、渚のイメージで脳が満ちてゆく。
満ち潮と引き潮は、月の引力のせいではなく、フジツボになった恋人たちの、魂の揺らぎたちなのだ。
フジツボは肉を欲してめり込んで支配して共に崩壊してく
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。