山小屋の人がお客さんを叱る理由

昨年までの10年間、山小屋で働いていた山ガールならぬ小屋ガールの吉玉サキさん。山小屋スタッフの人間模様や悩み、恋などをつづった1話完結のエッセイです。今回は、怒ることの優しさについて。山小屋のスタッフがお客さんに怒る理由を綴ります。(毎週木曜日更新)

怒る人は怖い。怒らない人は優しい。

そんなイメージがあるけど、本当にそうだろうか?

他人のために怒れる人は、怒らない人よりもよっぽど優しいと思う。

私は、よその山小屋の支配人に怒られたことがある。山をはじめたばかりのとき、地図を持たずに歩いて道に迷い、山小屋に到着するのが遅くなったのだ。

怒られてショボンとしたけれど、その次からは必ず地図を持ち、事前に雑誌やネットでルートを予習してから歩くようになった。あれ以来、山では一度も道に迷っていない。

あのとき真剣に怒ってくれた人のおかげだ。


山小屋の人が怒る理由

私がいた山小屋は、あまりお客様を厳しく叱らない方針だった(もちろん、場合によってはちゃんと注意する)。

だからたまに、お客様からこんなことを言われる。

「この前、暗くなってから○○小屋(よその山小屋)に着いたら従業員に怒られた。客に対して偉そうにしやがって」

「その点、この山小屋は口うるさくなくていいね」

うーん……。

なんで暗くなってから着いたら怒られるのか、理由を考えたことはないのかなぁ。

日没後はヘッドランプを点けていても、転倒や道迷いが起きやすくなる。北アルプスは富士山と違って日没後に歩いている人が少ないし、場所によっては滑落の危険性がある。何より、日没後はヘリが飛ばないしレスキューも出ない(基本的には)。

日没前だって、夕方は夕立や雷が起こりやすいし、夕方になればクマが出没しやすくなる。

どうしたって、夕方になる前に目的地についていたほうが安全だ。

だけど、叱られて文句を言う人はだいたい「でも、大丈夫だったじゃないか」と言う。

それは、そのときたまたま無事だっただけだ。同じことを何十回と続けていると、そのうち事故に遭うかもしれない。


残念ながら、どんなに気をつけていても事故に遭う可能性はゼロではない。

だからこそ、少しでも可能性を「ゼロに近づける」ために、できる限りのことをするしかないのだ。


山小屋の人に厳しく叱られることによって、お客様が「次からは夕方までに山小屋に着くようにしよう!」と行動を改めれば、今後その人が事故に遭う確率は下がる。

だけど、私のいた山小屋では、日没後に到着するお客様を激しく叱ることはない。やんわりと注意するくらいだ。

……それって、お客様の心に響いてるだろうか?

やんわりとした注意だけで、「次回からは気をつけよう!」と思ってもらえるのだろうか?

かと言って、厳しく言えば響くのかというと、それもまた自信がない。

難しいなぁ。


はじめて「意識を失っている人」を目の当たりにした

残念なことに、山小屋の人間にとって山岳事故は身近な話題だ。私のいた山でも、頻繁ではないものの事故はあった。

山小屋に救助要請が入ると、支配人とベテランの男子スタッフ、看護師資格のあるスタッフなどがレスキューに出動する。

私を含むその他のスタッフは、山小屋に残って通常の業務を続ける。けれど、レスキュー組が帰ってくるまでは気が気じゃない。

はじめて「意識を失っている人」を目の当たりにしたときは、動揺して動けなくなった。

雨の日の夕方、お客様が「近くで倒れている人がいた」と教えてくれて、支配人が救助に向かった。私が受付で接客していると、支配人が低体温症で意識を失っている男性を担いで戻ってきた。男性はびしょぬれで、顔が真っ青だった。

呆然としていると、いつもは穏やかな支配人が厳しい口調で「毛布とタオル! 早く!!」と叫んだ。その声でハッと我に返り、慌てて毛布とタオルを取りに行く。

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小屋ガール通信

吉玉サキ

第2回cakesクリエイターコンテスト受賞作! 新卒で入った会社を数ヶ月で辞めてニート状態になり、自分のことを「社会不適合者」と思っていた23歳の女性が向かった新天地は山小屋のアルバイト。それまで一度も本格的な登山をしたことのなかった...もっと読む

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etozudeyoshida 📷 cakes連載、吉玉サキさんの「 5ヶ月前 replyretweetfavorite

jormungand1982 https://t.co/Itbsa3dFjd 他人の無償の厚意を当てにしてリスクをとる行動は極めてエゴイスティック。腹立つ。 5ヶ月前 replyretweetfavorite

RcenterL #スマートニュース 5ヶ月前 replyretweetfavorite

JFIFUDHDVHDJZUH #スマートニュース 5ヶ月前 replyretweetfavorite