ある男

ある男(15)

愛したはずの夫は、まったくの別人であった。
弁護士の城戸は、かつての依頼者である里枝から「ある男」についての奇妙な相談を受ける。 人はなぜ人を愛するのか。幼少期に深い傷を背負っても、人は愛にたどりつけるのか。 「ある男」の人生を探るうちに、過去を変えて生きる男たちの姿が浮かびあがる。 「マチネの終わりに」から2年。平野啓一郎の新たなる代表作!(毎日10時更新)

 九月半ばの敬老の日の翌日、城戸は、司法修習生時代に京都で親しくしていた同期の弁護士が、虚血性心不全で突然死したというので、日帰りで大阪に行き、通夜に参列した。

 東京行きの最終ののぞみに一人で乗って、夜の窓をぼんやりと眺めた。蛍光灯でありありと照らし出された車内の景色は、疲労の重みで、どことなくグロテスクだった。居眠りしている者も多かったが、酔っ払って話が止まらぬ者らも何組かいた。

 車内の空気には、一日働いた人の汗と、ビールと、スルメか何かつまみのたぐいの臭いとが入り混じって、ムッとするように澱んでいた。城戸のスーツは、更に焼香の残り香を含んでいた。

 年齢が年齢だけに、親類や知人の訃報に接する機会も少なくはないが、生き足りないまま死んだ若い人間の通夜は、大往生の老人の通夜とはまったく違って、身にこたえた。残された妻も、小学生の二人の娘も泣き通しで、城戸は大した慰めの言葉もかけてやれなかった。確かに多少、肥満気味ではあったものの、本人が腹をさすりながら、笑ってダイエットの決意を語る程度のことで、誰も深刻には考えていなかった。斎場をあとにすると、彼が死んだという事実の現実感も、知らせを受けた直後の曖昧さにふらふらときびすを返してしまいそうになった。

 城戸は、自分が今死んだならと考え、その事実を母親から告げられて、驚く颯太の顔を想像した。恐らく、その意味もわからぬまま、「おとうさん、しんじゃったの?」と問い返すのではあるまいか。それに、彼自身が「そうだよ。」と、いつも難しいことを噛み砕いて教えているように答えてやることは出来ないのだった。

 自分は今は死ねないし、死にたくないと痛切に感じた。そして、震災以後、彼の心をずっと占めてきた得体の知れない気分を表現するのに、「存在の不安」という言葉が、唐突に思い浮んだ。

 死の恐怖は無論、城戸にもあった。死ねば、その瞬間から──微塵の遅れもなく!──この意識は絶たれ、その後二度と何も感じず、何も考えることが出来ずに、ただ時間が、生きている者たちのためだけに滞りなく過ぎていくことに、完全に無関係であり続ける。そうした思考が、彼の意識を追いつめた。自分は、今日もこうして生き、この世界は持続している。しかし、二年前に津波で亡くなった一万五千人以上の人々は、今何が起きているかを認識し、それに関与するための実体を、ごうもこの世界に留めてはいないのだった。この世界だけでなく、恐らくあの世にもどこにも。……

 その死の恐怖が、彼の生に対する感受性を過敏にさせていた。

 しかし、こんな思索は、ほとんど忘れかけていたと言って良いほどに、今更とも思われた。なぜなら、城戸も人並みに、十代の頃には、自分とは何かということを、将来、何の職業に就くのか、という悩みと結びつけながら散々考えたからだった。

 彼は、父の助言に従って、結局、何となく弁護士になった。「これでいいのだろうか?」と、未来を漠然と望みながら、自分という人間は、弁護士という職業を通じて実現されるべき何者かなのだと信じようとしていた。端的に言って、彼は生きるために、自分とは何かと問う必要があり、それ故に希望があり、また不安でもあった。

 しかし、この十五年ほどの間、彼はそうした思索を、幸い、もう克服された過去として顧みるのが常だった。──幸いと感じるのは、就職難の彼の同世代人の中には、職業を通じての自己実現というマズロー的な物語を生きることが出来ず、社会的なアイデンティティと収入に於いて、未だに不安定なままの生活を余儀なくされている者が少なくなく、しかも彼は日常的に、弁護士という立場でそうした彼らと向き合っているからだった。

 ところが、震災の衝撃は、どうも、このとうに解決済みだったはずの、自分とは何か、という問いで、彼を再び不安に陥らせているのだった。

 それは、かつての問いの単純な反復ではなく、年齢相応に──言葉にすると僅かな違いではあったが──、こう問い直されていた。つまり、「これでよかったのだろうか?」と。

 中年の自然な感覚として、名前はなるほど、いつでも「城戸章良」だったが、それなりに多面的な人生を生き、彼は今では、自分という人間を、それらの過去の結果として捉えていた。かつて未来だった人生は、かなりの程度、既遂の過去となり、彼がどういう人間かは、大方判明しつつあった。

 勿論、もっと違った生き方もあったはずだった。それも恐らくは無限通りの可能性として。そして、彼は今、自分とは何か、ではなく、何だったのかということを、生きるためというより、寧ろどういう人間として死ぬのか、ということを意識しながら、問い直すように迫られていた。

 颯太もやがては、自分がもういなくなってしまった世界を生きることになる。例えば、今の自分と同じ年齢の時には、と考えて、三十三年後だと計算した。城戸はその時、七十一歳だった。生きていられるといいが、と彼は思った。もう死んでいるとするなら、颯太の記憶の中で、同じ三十八歳という年齢の自分は、どんな風に回想されるのだろうか。自分は息子の心の中で、どんな人間として記憶に残り続けるのだろうか?……

 加齢のためばかりではない。次の瞬間にも南海トラフ地震が起き、新幹線が脱線して、自分は呆気なく死ぬのかもしれない。そのリスクが決して低くはないことを、震災以来、誰もが耳にタコが出来るほど聞かされてきたのだった。

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ある男

平野啓一郎

愛したはずの夫は、まったくの別人であった。 弁護士の城戸は、かつての依頼者である里枝から、「ある男」についての奇妙な相談を受ける。宮崎に住んでいる里枝には、2歳の次男を脳腫瘍で失って、夫と別れた過去があった。長男を引き取って1...もっと読む

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uni_uni222 毎日連載中!! 約1年前 replyretweetfavorite