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こんな言葉を投げかけられることがあります。
「ポリアモリーのくせに、ブスじゃん」
この言葉の背景には、いったい何があるのでしょうか?
今回は、そのあたりを掘り下げてゆきたいと思います。
腹がたつとか傷つくとか以前に
この発言に初めて出くわした時は、「?」で頭がいっぱいになりました。
「ポリアモリー」「のくせに」「ブス」って、何がどうつながってその発想が出てくる???
腹がたつとか傷つくとか以前に、「言ってる意味が分からない……」と思いました。
「ブスじゃん」発言をもっと細かく言うと、どうもこういうニュアンスのようです。
「ポリアモリーとしてたくさんの人にモテてちやほやされてるくせに、ブスなんて、ありえない!」
この発言の背景には、「美男美女でなければ、たくさん恋人ができるはずがない」、もっと言うと、「美しくなければ、恋愛しちゃいけない」、という恋愛規範があるように思われます。では、その“恋愛って、こうあるべき”という規範意識は、どこから来たのか。
私は、恋愛でお金儲けをしようとする、つまり恋愛をマーケット化する発想から、恋愛規範が生まれてきたのではないかと思います。いわば、恋愛“至上”主義からの、恋愛“市場”主義です。
「恋愛って、素晴らしい」「みんな恋愛して“リア充”にならなきゃ、カッコ悪い」「恋愛するためには、美しくならなきゃダメ、こういうデートをしなきゃダメ、こういうプレゼントをしなきゃダメ」「そのためにはコレを買って!アレを買って!でないと恋愛できないよ!」
……という、資本主義の発想がそこにあるのではないでしょうか。この「XXXを買って、美しくならないと、恋愛する資格がない」という規範意識は、ポリアモリーであれモノガミーであれ、多くの人を生きづらくしかねません。
他人からジャッジされるいわれはない
ブスかどうかは、ポリアモリーとは関係ありません。というかそもそも、恋愛をすること、誰かを好きになることに、どんな“資格”も必要ないし、どんな容姿もどんなスペックも関係ないのです。自分自身の「好き」を、他人からジャッジされるいわれはありません。
「ポリアモリーのくせに、ブスじゃん」の背景にある恋愛規範は、他人への非難にもなってしまうし、裏を返せば自分を苦しめるものにもなってしまう。「私なんかが恋愛できるわけがない、誰かに愛されるはずがない」とか「私なんかが誰かを好きになったら、迷惑かけてしまう」という考えに囚われている人のなんと多いことか。
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