九螺ささら「きえもの」

九螺ささら「きえもの」【冬虫夏草】

「テーブルの端に赤いスプーンがあるじゃないですか」
「あれで、シュガーポットの中の星がすくえます。あれ、夢の外に持ち出し可能です」
――電子雑誌「yomyom」に連載中の人気連載を出張公開!

「この星の春夏秋冬は進化して冬虫夏草になってゆきます」



「テーブルの端に赤いスプーンがあるじゃないですか」

 また、声が出ない。

「テーブルの端に、赤いスプーンがあるじゃないですか? 先がギザギザの」

「ああ……」

 夢の中のカフェのことだ。「あれで、シュガーポットの中の星がすくえます。あれ、夢の外に持ち出し可能です。夢の外ではあれが、覚醒作用をもたらすんです。だから、手を動かしてみてください」

 研究室新歓コンパで新入りの平(たいら)くんと初対面のわたしのやり取りがこうだった。平くんが酔って目が充血していたとはいえ、切実な訴えだった。

 わたしも心当たりというか夢当たりがあった。

 研究室の研究対象が夢であることからも、わたしがここの研究員の先輩であることからも、あんな訴えは不自然ではない。

 つまり、ユングの言うところの、「夢が地下水のようにつながっている」件だ。

 しかも、夢の中のカフェのテーブルの端の赤い先がギザギザのスプーンでシュガーポットから星を取り出したらそれは本当に現実に持ち出し可能で、今、夢の外の現実で実際に、わたしはそれを手にしている。

 しかしこれは、現実世界で冬虫夏草と言っているものに激似である。

 冬虫夏草とは菌の一種で、冬は虫に、夏は草に擬態している。

 平くんは、夏休み明けから研究室に来なくなった。

 平くんのケータイに電話をかけると、霞みがかかった仙人ぽい声の人が出て、「現実病院に入院していたのですがダメで、つまり戻りました」という。

「どこへ戻ったのですか?」

「あのキャフェーにですよ。テーブルの端に先がギザギザの赤いスプーンのある」


 わたしは、夢の中のカフェに行き、辺りを眺めてみた。どんなに歩いていっても行けないほど遠くに、なるほど平くんがいた。

 でも、向こうからはこっちは見えない仕組みだった。

 わたしは断念して現実に戻った。

 夢の中のシュガーポットから星をすくった方法で、平くんを夢から救い出せるだろうか。

 あの平くんのままで……。

 今度の連休に、試してみようと思う。


プラネタリウム大熊座の斜め右上冬虫夏草が煌めいている


この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

歌人・九螺ささら「きえもの」一挙15篇収録。あらゆるエンタメを自由に楽しむ電子の文芸誌、毎奇数月第3金曜に配信!

yom yom vol.52(2018年10月号)[雑誌]

三宅陽一郎,金子竣,知念実希人,青崎有吾,千街晶之,飯豊まりえ,九螺ささら,恒川光太郎,米原幸佑,辻村深月,乾緑郎,青柳碧人,垣谷美雨,中山七里,門井慶喜,武田綾乃,宮木あや子,最果タヒ,ふみふみこ,小林エリコ,新納翔,カレー沢薫,トミヤマユキコ,手塚マキ,柚木麻子,吉川トリコ,はるな檸檬,新井久幸
新潮社
2018-09-21

この連載について

初回を読む
九螺ささら「きえもの」

九螺ささら /新潮社yom yom編集部

初の著書『神様の住所』がBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した歌人・九螺ささらによる、短歌と散文が響き合う不思議な読み物。電子雑誌「yomyom」に連載中の人気連載を出張公開!

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Tweetがありません